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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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静かな朝のひととき

ルミエルはいつものように朝早く目を覚ました。

まだ夜の名残が残る薄闇の中、窓の外はかすかに白み始めている。

もう、こうして夜明け前に目を覚ますのがすっかり日課になっていた。


その習慣を知っているばぁやもまた、同じように早くからルミエルの部屋を訪れるのが日課になっていた。

扉をそっと開け、微笑みながら声をかける。


「今日も早いですね。さあ、今日はルベル様とお出かけですよ。可愛くしましょうね」


そう言うと、ばぁやは衣装室から数着の服を両腕に抱えて戻ってきた。

ルミエルが屋敷に来てから、少しずつ増えていった服や靴、アクセサリーたち。

どれもばぁやが嬉しそうに選び、揃えてくれたものばかりだ。


「今日はこれなんてどうですか?」


ばぁやが差し出したのは、淡い青を基調にしたワンピースだった。

生地は軽やかなシフォンで、光の加減によってほんのり水色にも見える。

袖口には薄い黄色の刺繍が施され、まるで朝の陽光が差し込んだようにやわらかく輝いていた。

胸元には小さな黄色の宝石が一粒、花の形にあしらわれている。

それはまるでルミエルの心の奥に宿る、希望の光のように穏やかで温かかった。


スカートの裾は膝下まであり、歩くたびにふわりと広がる。

裾には繊細なレースが縫い込まれ、上品さと可憐さを一層引き立てている。

靴は淡いクリーム色のバレエシューズ。

小さな金色のバックルがついており、胸元の宝石とさりげなく調和していた。


ばぁやはルミエルの髪を丁寧に梳かしながら、柔らかくまとめていく。

肩にかかる紺色の髪を半分だけ後ろで編み込み、残りをそのまま下ろす。

ハーフアップの編み込みは、彼女の静かな印象を壊さずに、どこか儚げな美しさを引き立てていた。

編み込みの結び目には、小さな黄色のリボンが添えられている。


鏡の中のルミエルは、少しだけ頬を赤らめていた。

自分の姿に驚いたように、けれどどこか嬉しそうに指先で髪の先を触れる。


ばぁやはその様子を見て、優しく微笑んだ。

「とってもお似合いですよ。ルベル様も、きっと目を細めてしまうでしょうね」


朝早くから始まったルミエルの支度は、驚くほど順調に進んでいた。

ばぁやの手際のよさと、ルミエルの素直な協力で、髪も服もすでに整っている。

鏡の中の姿を見つめても、もう直すところはない。

外の空はまだ淡い青のままで、屋敷の廊下には人の気配もほとんどなかった。


時間を持て余したルミエルは、胸の奥がそわそわしてくるのを抑えきれずにいた。

机の上に置かれたノートを開き、ペンを手に取る。

少し考えてから、静かに文字を綴った。


――ルベルのところに、行きたい。


ばぁやはその文字を目にして、ふっと笑みをこぼした。

その表情はまるで、子どもの無邪気な願いを聞いた母親のように優しい。


「ふふ……寝坊助を起こしにでも行きましょうか」


そう言って、ルミエルの髪をもう一度軽く整えてやる。

彼女の目はすでに期待で輝いていた。


ばぁやはよく知っている。

ルベルが朝に弱いことを。

どんなに大人になっても、それだけは変わらない。


幼い頃から夜更かしをして本を読んだり、机に向かって何かを書いていたりして、寝るのはいつも夜が明ける頃だった。

そして昼近くまでぐっすり眠るのが、ルベルの日常だった。


最近は仕事が山のようにあり、夜更かしの理由も遊びではなくなったが、習慣というのはそう簡単に変わらない。

ばぁやにとっても、それは少し懐かしく、微笑ましいことでもあった。


「さあ、お嬢様。静かに行かないと、びっくりさせてしまいますよ」


ルミエルは頷き、小さく息を吸う。

胸の奥でとくん、と鼓動が鳴る。

朝の冷たい空気の中、二人は静かに部屋を出て、まだ眠りにつつある屋敷の廊下を歩き出した。


ばぁやとルミエルは、朝の冷気が残る廊下をゆっくりと歩いた。

厚い絨毯が足音を吸い込み、壁のランプの柔らかな光が二人の影を長く伸ばす。

屋敷全体が静まり返った中、二人はルベルの寝室の扉の前にたどり着いた。


ルミエルは胸に手を当て、ためらいなく扉を押し開ける。

すると、すでに部屋の中にはエルが立っていた。

銀色の髪を揺らすエルは、ベッドの端で黒髪のルベルを起こそうとしている。

ルベルを起こすのも日課らしく、手こずる様子もまたいつもの光景だ。


今日、ルミエルが来たことで、エルの目は少し輝きを増す。

「ルミエル、いらっしゃい。どうも、君の保護者は起きるのを嫌がるみたいだ。

このままだと、一日が終わってしまう。買い物に行く時間もなくなるね」


その言葉にルミエルはぱっと表情を曇らせ、悲しげに下を向く。

小さく肩をすくめ、指先でスカートの裾を握る。

流石に言いすぎたと察したエルがフォローしようとした瞬間――


「何言ってるんだい!ルミエル様をからかうんじゃないよ!」


ばぁやの声が部屋に響き渡る。

躊躇なく、ばぁやはベッドに向かって一歩一歩踏み出す。

勢いよく布団を掴むと、まるで小さな戦車のように押し進める。


「ルベル様も起きなさい!いい大人がいつまで寝てるつもりです!」


布団を剥がされ、黒髪のルベルはまだ眠たげな目を半開きにする。

シャツの襟元は着崩れ、無防備な寝姿から色気が滲み出ている。


それでもルベルは微動だにせず、床に落ちることを予想していない。

ばぁやは迷わずルベルの手首を掴み、力を込めてベッドから引きずり出した。


どさり、と床に落ちるルベル。

布団の端が揺れ、短い静寂が部屋を包む。

エルは呆れたように肩をすくめ、少し楽しげにルベルの反応を見守る。

ルミエルは驚いたように目を丸くし、ばぁやは腕を組んで勝ち誇ったように微笑む。


「よし、これで朝の支度は全員完了ね」


床で起き上がろうとする黒髪のルベルを見つめ、ルミエルはそっと微笑んだ。

朝の屋敷に、小さな温もりが満ちていく。


ルミエルが床に転がるルベルのもとへ静かに歩み寄り、朝の挨拶をするように深くお辞儀をした。


その気配に気づいたルベルが黒髪をかき上げ、半分寝ぼけた顔で上体を起こす。

寝癖のついた髪と少しはだけたシャツが、寝起きそのものの姿を物語っていた。


「……今日は、ずいぶん可愛いじゃないか」

ルベルは欠伸を噛み殺しながらも、ルミエルの姿を見て思わず目を細める。


ルミエルはいつもより少し華やかだった。

淡い水色にも見えるシフォンのワンピースに、袖口には淡い黄色の刺繍。

胸元の小さな黄色の宝石が朝の光を受けて優しく光る。

紺色の髪はハーフ編みに整えられ、控えめながらも愛らしさを引き立てていた。


「お出かけが楽しみで気合いを入れてきたのか?」

ルベルの言葉に、ルミエルは頬を染めてこくんと頷く。


「よし、今日は朝から夕方までびっちり遊ぼう」


「ダメです。」

背後から冷たい声が響く。


銀色の髪を後ろでまとめたエルが、腕を組んで立っていた。

「主君が出歩いた日数分、仕事が残っているんです。三ヶ月分もですよ? そう簡単に解放されると思わないでください。」


「お前な……空気を読むことから覚えたほうがいいぞ」

ルベルは不機嫌そうに呟く。


「事実を言ったまでです」

エルは一歩も引かない。


そんな二人のやり取りを見ていたばぁやが、やれやれといった様子で笑う。

「まぁまぁ、朝くらいはいいじゃないか。せっかくルミエル様が支度したんだ。出かけておいで」


エルは深くため息をつき、渋々頷いた。

「……わかりました。でも、帰ったら山のような仕事が待ってますからね」


「はいはい、わかったよ」

ルベルは苦笑しながら立ち上がる。


そのまま衣装棚を開け、寝巻き姿のまま服を選び始めた。

「さて……今日はどれにするか」


黒のシャツを脱ぎ、代わりに軽やかな白のシャツと深緑のベストを手に取る。

袖を通して前を整え、落ち着いた色のズボンに履き替えると、先ほどまでの寝ぼけた雰囲気が一気に消えた。

黒髪を手ぐしで整え、襟元を軽く締める。


「よし、これでいい」

鏡越しにルミエルを見ると、彼女は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ行こう。外の空気でも吸いに行こうか」


玄関の扉を開けると、朝の光が二人を包み込む。

黒髪と紺髪が並び、柔らかな風に吹かれながら屋敷を後にした。


ルミエルの靴が石畳を踏むたび、軽やかな音が響く。

それはまるで、新しい一日の始まりを告げる鐘のようだった。


庭に出ると、露を含んだ花々が朝の風に揺れていた。

淡い香りが漂い、どこからか小鳥のさえずりが聞こえる。


ルミエルは目を細め、草花の間をそっと歩き出した。

薄いスカートの裾が風に揺れ、光を反射して淡い水色にきらめく。

しゃがみ込み、咲き始めた花に手を伸ばすと、花弁の上の露が彼女の指先を冷たく撫でた。


ルベルはその様子を少し離れた場所から見ていた。

黒髪を揺らしながら、穏やかに目を細める。

「……ほんと、お前は見てるだけで飽きないな」


ルミエルは小さく振り向き、照れたように笑みを返す。

声の代わりに、その仕草が十分な答えだった。


「今日はいい日になる」

ルベルがぽつりと呟くと、彼女は嬉しそうにこくんと頷く。


風が木々を渡り、二人の間を優しく通り抜けていく。

その穏やかな時間が、まるで永遠に続くかのようにゆっくりと流れていった。


朝の光が少しずつ強くなり、庭の露がきらめきを増していく。

その中を並んで歩く二人の姿は、まるで絵の中の一場面のように静かで、温かかった。


――こうして、穏やかな朝のひとときは過ぎていった。

けれどこの日が、二人にとって特別な一日になることを、まだ誰も知らなかった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

静かな日々が続いていましたが、ここから少しずつ風が動き始めます。

ルミエルたちの歩む道を、これからもそっと見届けていただけたら嬉しいです。


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