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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
扉の向こうの世界

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夜に灯る二つの光

少し更新が空いてしまいました。

風邪をひいてしまい、しばらく執筆をお休みしていましたが、ようやく回復しました。

それでも見に来てくださっていた方、本当にありがとうございます。

あなたの足跡がとても励みになりました。

ゆっくりになりますが、また物語を紡いでいきますので、どうぞ見守っていてください。


ルミエルと夕食を共にするため、ルベルは机に積まれた書類を片端から片付けていった。

わずか二時間という短い時間で、判を押し、指示を飛ばし、誰も近づけぬほどの集中力で仕事を終わらせる。


書類を片付け終えた頃には、夕食の時刻が迫っていた。

ルベルは最後の一枚を机に叩きつけるように置き、外套も羽織らず、足早に食堂へ向かう。


しばらく会えなかったこと。

ばぁやに先を越され、初めての外出を一緒にできなかったこと。

そして何より――ルミエルが自分にではなく、エルに手紙を渡してしまったという事実。


胸の奥でくすぶる苛立ちと、制御できぬ嫉妬を抱えたまま、扉を押し開ける。

長いテーブルの向こう、灯りに淡く光る紺色の髪が見えた瞬間、張りつめていた心の糸がわずかに震える。



扉の向こうにルベルの姿を見つけると、ルミエルの胸はひそかに跳ねた。

しばらく会えなかった寂しさが、静かに、けれど確かに胸の奥で疼く。


「……」

声を出そうとしたが、言葉は喉に詰まり、出すことができない。

奴隷として過ごした過去の傷が、まだ完全には癒えていなかったのだ。

感情はあふれそうなのに、口にする勇気も、声にする自由も、まだ取り戻せていない。


それでも、ルベルの姿に気づいた瞬間、体は自然と反応する。

足取りは小さく跳ねるようで、まるでご主人様を見つけた子犬のように、無意識にルベルのもとへ駆け寄った。

その手が、無言のままルベルの袖に触れる。握る力には、言葉にできない「会いたかった」という気持ちがぎゅっと込められていた。


ルミエルの顔にはわずかな笑みが浮かぶが、それもぎこちなく、心の奥の不安がちらりと覗く。

本当に喜んでいいのか、怒られたり、遠ざけられたりしないか――声にできない分だけ、心の不安は深く重く沈んでいた。


それでも、ルベルの温もりに触れた瞬間、少しだけ安心が広がる。


「久しぶりだな。また、大きくなったな。」


ルベルが穏やかな声で話しかけると、ルミエルは一瞬戸惑ったように目を伏せる。

しかしすぐに、にこりと笑顔を作り、頷いた。声はまだ出せないけれど、その仕草だけで喜びと懐かしさを伝えている。


「それより、ルミエルは今日は何してたんだ? 私に渡すものはないのか?」


ルベルの声には淡い期待が混じっていた。

もしかしたら、ルミエルが自分に手紙をくれるのでは――心の奥でそんな希望を抱きつつ、視線は自然とルミエルの手元に向かう。


ルミエルはと言えば、少し困ったように眉をひそめ、視線を落としたまま手元の空間に意識を集中させる。

声が出せない自分の代わりに、助けを求めるようにばぁやの方へちらりと目を向けるその仕草には、かすかな不安と、でも伝えたい気持ちが入り混じっていた。


ばぁやはそれを見逃さず、にこやかに近づき、そっとルミエルの耳元に口を寄せた。


「ルベル様に渡す物、お持ちしてるじゃないですか。恥ずかしいんですか?」


ルミエルは小さく頷く。

胸の奥がドキドキして、手がほんの少し震える。言葉はまだ出せないけれど、心の中で必死に「渡したい」と繰り返していた。


ばぁやは優しく微笑みながら続ける。

「恥ずかしがらないで渡してあげてください。ルベル様はもう少しで落ち込んでしまいますよ」


その言葉に、ルミエルの心は少しだけ軽くなり、勇気を奮い立たせる。

目の前に座るルベルの温かい視線を感じながら、ルミエルはそっと手を伸ばす準備をした。

声にできなくても、手元の動きで、心の中の「ありがとう」と「会えて嬉しい」を伝えようとしていた。



ルミエルはゆっくりと顔を上げ、ルベルの瞳を見つめた。

手に握りしめていた一枚の手紙を、震える指先でそっと差し出す。


手紙には、庭で摘んだ花が一緒に添えられていた。

ばぁやがそっと耳元で囁く。


「花が綺麗で、ルベル様に見せたいと準備されてましたよ。」


ルベルはその言葉に微かに目を細め、手元の花と手紙に目を落とす。

「そうだったか。」


手紙と花を手にした瞬間、ルベルの胸の奥にくすぶっていた不満や苛立ちは、まるで水に溶けるように消えた。

その柔らかな瞬間、ルベルは思わず口を綴じて笑みを浮かべる。

「とてもお優しい方ですね。どっかの殿方と違って…」


ばぁやの視線は自然とルベルとエルの方へ向けられる。

二人はその視線に居たたまれなくなり、わずかに視線を逸らした。


「ゴホン…手紙、読んでもいいか?」

ルベルの問いかけに、ルミエルは首を小さく横に振る。

ばぁやは微笑みながら、静かに説明した。

「どうやら恥ずかしいみたいですね」


ルミエルは目を伏せながらも、手元の手紙をそっと握りしめた。

その小さな動作だけで、心の中の期待と緊張、そして愛情が伝わってくる。

ばぁやは続けてルミエルに促すように言った。

「さあ、目の前のご飯を食べましょう」


ルベルは静かに頷き、手紙はしばらく手元に置き、二人は食卓に向き直った。

「あとで、じっくり読むとしよう。」


そして、二人はゆっくりと夕食を口に運び始める。

ルベルは笑みを浮かべ、少し冗談交じりに尋ねる。

「大分、食べられるようになったな。もう、食べすぎて吐いたりはしないのか?」


ルミエルはまだ声に出せないため、ばぁやが代わりに答える。

「お腹の方も大分慣れてきていますので、最近はお肉なども食べられるようになってきましたよ」


ルミエルは静かに微笑み、少し照れたように箸を手に取る。

その様子を見て、ルベルの胸には安心感が広がる。

静かで穏やかな時間――声に出せなくても、互いの気持ちは確かに通じ合っている、そんな空気が食堂を包んでいた。


「夕食の後は、私が今度散歩に連れて行こう。仕事はもう片付けたからな」


ルミエルは嬉しそうに小さく頷いた。

その笑顔を見て、ルベルは少し考えながら続ける。


「そうだな……ルミエルも、そろそろ人に慣れていかないといけないだろう。手始めに、庭師に会ってみるか?花が好きなら、庭師のおじさんがもっと綺麗な花を見せてくれるかもしれん」


ルミエルは少し不安げに顔を曇らせる。

それを見て、ルベルは優しい声で説明を加えた。


「庭師のおじさんはな、毎日怖い顔をしてるんだ。何故だか分かるか?」


ルミエルは首を横に振る。


「おじさんは、なあ、見た目とは裏腹に寂しがり屋なんだよ。ここの屋敷の人間は花を愛でることをあまりしないから、いつもおじさんは寂しそうにしてるんだ」


ルベルのでたらめな話に、ばぁやとエルは思わず笑みを漏らす。


「ルミエル……おじさんは本当は寂しがり屋なんです。だから、後で会いに行ってあげてくださいね」


そう言って、エルも微笑みながら話に乗る。


その言葉を信じたルミエルは、目を輝かせて一生懸命に頷いた。

まだ少し不安も残るけれど、大好きなルベルや優しい二人に囲まれた安心感の中で、胸いっぱいの期待を抱きながら、次の散歩のことを思い描いた。



夜になり、夕暮れと夜空が静かに交わり出す頃。

ルベルとルミエルは、そっと手を繋ぎながら庭に足を踏み入れていた。


「ルミエルは、夜は苦手だったな」


ルベルの声に、ルミエルの胸は少し緊張した。

暗くなると、どうしてもあの牢獄の記憶が甦る。冷たく湿った石の匂い、閉ざされた鉄格子、自由を奪われた恐怖……。

その思い出は、夜の静けさに押しつぶされそうになるほど重く、体の奥で震えを呼ぶこともある。


それを察したかのように、ルベルは続けた。

「俺は、最近夜が好きになってきた。夜に輝く星がお前の髪と瞳と同じでな」


ルミエルは思わず微かに笑みを浮かべる。

その言葉を聞くと、暗さに対する恐怖が少しずつ薄れていくのを感じた。

確かに、夜空の深い紺色は自分の髪と同じ色だ。ルベルの瞳も、赤く燃える炎のようで、見つめているだけで暖かく、心が落ち着く。


ルミエルはゆっくりとルベルの手を握り返す。

その温もりは、夜の冷たさや暗さを押し流すようで、胸の奥に静かな安心が広がる。

目の前のルベルを見上げると、彼の黒い髪は夜の闇と溶け合い、赤い瞳はまるで小さな灯火のように温かく輝いていた。


心の奥で、まだ声に出せない想いは膨らむ。

でも、その手の温もりと視線の優しさに包まれ、ルミエルは夜を恐れずに、ただそっとルベルの隣にいることを選んだ。


夜風が二人の髪をそっと揺らし、星の光が庭の草花を淡く照らす。

それは、暗さの中にも優しさがあることを教えてくれる、静かで柔らかな時間だった。


「流石に、夜に庭師はいない様だな」


静まり返った庭の中、ルベルが小さく呟いた。

星明かりに照らされた芝生の上で、夜露の粒が光り、遠くで虫の声が細く響いている。

ルミエルはルベルの言葉にこくりと頷き、繋いだ手を少しだけ強く握り返した。


「今度、挨拶だな。――そういえば、ルミエルはエルに字を教えてもらったんだって?もう覚えて書けるようになったと聞いた」


ルベルの言葉に、ルミエルはぱっと顔を明るくした。

そして、小さな足でとてとてと地面に近づくと、自分の手のひらにすっぽり収まるほどの木の枝を拾い上げた。

それを土の上にそっと滑らせ、ゆっくりと文字を書く。


――「そうだよ」


たどたどしいが、確かに形になった文字を見て、ルベルは目を細めた。

「ルミエルは頭が良いんだな。初めて覚えた字でちゃんと書けるとは。今度、日記を書いてみたらどうだ?」


「にっき?」


ルミエルはまた枝を動かし、土の上に疑問の文字を刻む。

その動きはぎこちないが、真剣そのものだ。


「日記っていうのはな、一日をどう過ごしたかを書くんだ。どんなことがあったか、何を思ったか――それを俺に見せてくれたら、ルミエルが今日楽しく過ごせたか、ちゃんとわかるだろ」


ルミエルはその言葉を聞いて、ゆっくりルベルを見上げた。

目の奥には、褒められたことへの嬉しさと、誰かに見てほしいという新しい感情が揺れている。


夜風がルミエルの紺色の髪をさらりと揺らし、月の光が彼女の横顔を淡く照らした。

ルベルは続けた。


「日記を交換してみるか?俺も書く。ルミエルが見せてくれたら、俺も見せる。その代わり――ノートを買いに行かないとな」


「かいに、いく?」


今度は声を出さず、枝でその文字を土に刻む。

ルベルは小さく笑って頷いた。


「そうだ。街に出て、一緒に選ぼう。ルミエルの初めての日記帳だ」


ルミエルの瞳が星の光を映して、ほのかに輝く。

まだ外の世界に慣れていない彼女にとって、「街へ行く」という言葉は少しだけ不安もあった。けれど、それ以上に――「ルベルと一緒に行ける」という喜びが勝った。


ルミエルは静かに頷き、小さな指で“にっき”ともう一度書いてみせた。

それを見たルベルは微笑み、彼女の頭にそっと手を置いた。


「よくできたな。……楽しみだ」


夜の庭はしんと静まり返っている。

だが、その静けさの中で、ルベルとルミエルの間には、確かな温もりが生まれていた。

それは、闇の中に灯った一つの光のように、穏やかに二人を包んでいた。

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