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奴隷だった少女は悪魔に飼われる   作者: アグ
金色の瞳の少女

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灰色の牢と、初めての光

初話を読みやすくするため、出だしのテンポを意識して書き直しました。

もし気に入っていただけたら、ブックマークやコメントをいただけるととても励みになります!

感想、お待ちしています。


錆びついた鉄格子の扉が、悲鳴のような軋みを上げて開く。


少女はまだ目を閉じ、震える身体を押さえつけるようにして立ち上がった。


冷たい石床が裸足の傷に触れ、新たな血が滲む。毎日繰り返される行為のはずなのに、今日の感覚は微かに異なっていた。


――肌を撫でる空気が、少しだけ柔らかく、どこか生きている者の匂いを帯びていたからだ。



「立て」



低く唸るような声が頭上から降る。



少女は足を震わせながら、ふらつく体で檻を出た。



監視の男が、無造作に鎖を引っ張る。


細い腕に繋がれた鉄の輪が食い込み、鈍い痛みが走る。


よろめいても、男は振り返らない。


まるで壊れかけの荷物を扱うように、乱暴に引きずりながら歩き出す。




「チッ、また血を垂らしやがって……使えねぇガキだ」



吐き捨てるような声。


少女はただ俯き、何も返さない。


鎖が引かれるたび、煤と埃にまみれた髪が揺れ、汚れた頬に張りつく。


本来なら深い紺色をしていたはずの髪は、今や色も判別できない。


金色の瞳は濁り、そこには感情の影一つ映っていなかった。




通路の向こうでは、同じように連れ出される子供たちの声が混ざり合っていた。


泣き叫ぶ声、叱責、鎖の軋む音。


そのどれもが、少女にとっては意味を持たない“背景の音”に過ぎない。


聞き慣れた、いつもの朝。



男は途中で立ち止まり、少女を下卑た目で見下ろした。



浮き出た骨、擦り切れた服、生々しい血の跡。その視線に少女の肩が小さく震える。しかし、喉はすでに泣くことを忘れていた。



――だが、その日は違った。



連れて来られたのは、いつもの冷たい牢ではなかった。


狭い通路を抜けた先の部屋は、石壁がまだ新しく、床には板が敷かれている。



湿った空気の代わりに、かすかに鉄と油の匂いが混じっていた。



薄暗い灯りの下、部屋の中央には大きな桶が置かれ、濁った水がたっぷりと張られている。



「動くな」


男がそう言うと同時に、少女の腕を掴み、着ていた布切れを乱暴に引き剥がした。


古びた布が裂ける音がして、冷たい空気が裸の肌を刺す。次の瞬間、桶の水が容赦なく頭から浴びせられた。




――冷たい。



喉の奥から声が出そうになったが、掠れた吐息しか出ない。


水は皮膚の傷口に容赦なく流れ込み、焼けるような痛みを生んだ。



震える身体を押さえつけられ、何度も水を浴びせられる。床に滴った水と血が混ざり、少女の足元に薄く、赤黒く広がっていった。



男はふと動きを止め、濡れそぼった少女を眺めた。



髪が洗われ、夜の闇を溶かしたような深い紺色が戻っている。



その隙間から覗く金色の瞳が、ぼんやりと灯りを反射した。



「へぇ……洗えば、案外可愛い顔してんじゃねぇか」



それを見た男は、口角を歪めて鼻で笑った。



「今日からお前も“商品”として出ることになった。お前も大きくなって来たからな。戦闘もできるように訓練したし、いい買値がつくだろうよ」




少女の瞳がわずかに揺れた。恐怖か諦めか、自分でも分からなかった。男は桶の水をもう一度掬い、少女の顔に叩きつけるように浴びせた。




「死ぬなよ。死んだら損だ」



言葉の意味は理解できる。だが、それがどうでもよかった。


水滴が頬を伝い、床に落ちる音だけが鼓膜に響く。


少女は動かず、ただ灯りの揺らめきを見つめていた。


その部屋で、彼女の運命は静かに、そして確実に変わり始めていた。


男は新しい布切れを少女の肩に掛けると、何の躊躇もなく部屋を出た。


板張りの廊下を引きずられるように歩き、やがて外に繋がる重い鉄のドアの前に立つ。



男はそのドアを、力任せに押し開けた。



突然、眩い光が少女を包み込んだ。



「太陽」――というものが存在するのか、少女はまだ知らなかった。



目を開けようとしても、光はあまりに強く、まぶたの奥をナイフで刺すようだった。



身体の一部が光に照らされて温かさを感じるはずなのに、感覚は戻らず、ただモノクロの世界を眺めているようだった。




風が顔に触れ、髪を揺らす。


その感触も、痛みや快さというより、ただ「現象」として受け止めるだけ。足元の石畳は固く、冷たく、どこまでも広がっていた。



一歩踏み出すたび、足先に伝わる振動はある。



しかし、それも心とは結びつかず、少女は立ち止まった。



周囲の音も、これまでの牢屋の中と同じように遠く、鈍く響く。



鳥の鳴き声も、人の話し声も、ただの単調なリズムだ。



それでも、光と影の中で、景色が明確な輪郭を持っていることだけは理解できた。



少女はじっと立ったまま、目の前に広がる世界を見つめる。



そこに色はない。温度も感情もない。



けれど、これまでの灰色の牢獄とは違う、圧倒的な「広がり」の存在だけが、確かにそこにあった。



外套の男が立ち止まり、少女を見つめる。



背が高く、しなやかに立つ姿は圧倒的で、フードの影から覗く赤い瞳だけが異様に鮮明に光っていた。少女は息を呑む。



心臓が跳ね、掌に嫌な汗が滲んだ。感覚の鈍った身体でさえ、今までにない“圧”――生物としての絶対的な格差――を感じ取ったのだ。



「お客さん、すみませんね。コイツは今朝入荷したばかりなので。どうもドン臭くって」




奴隷商はヘコヘコと頭を下げ、無理やり少女の頭を押さえつけて膝をつかせた。



少女は身を固くして縮こまる。すると、外套の男から溢れ出た殺気が、一瞬でその場を支配した。




わずかに体を震わせ、少女は冷や汗をかいた。


この殺気は悪意でも怒りでもなく、ただ「存在するだけで周囲を圧し折る」ほどの力だった。



奴隷商はそんなことにも気づかず、のんきに話を続ける。



「もし、気になるのでしたら旦那にはお安くしておくので、是非あちらのテントに来てください」



外套の男は、その言葉に、低く一言だけ返した。



「その子は、いつからそちらで」



静かな声。だがその声には、無言の圧力のようなものが宿り、空気が震えた。




「コイツですか? 赤子の時から調教してますので。ちゃんと使えるようになってますよ」



外套の男はその言葉を聞くと、わずかに頷いた。



「そうか」



ただそれだけ。



怒りも、憐れみも、皮肉もない。



だが、その淡々さが逆に恐ろしく、少女の胸はぎゅっと縮む。


赤い瞳は少女を射抜くように見据えたまま、冷たい光を帯びていた。


少女は、その視線にほんのわずかな“救い”の匂いを感じながらも――その意味を理解するにはあまりに幼く、ただ立ち尽くすことしかできなかった。



外套の男は一歩後ろに下がり、視線を外すと静かにその場を離れた。



奴隷商は舌打ちし、悪態をつきながら鎖を強く引っ張る。



再び奥のテントへ歩かされ、見慣れた狭い牢屋へと押し込まれた。



冷たく、埃っぽく、窮屈な、日常。



鉄格子に押しつけられるように座り、膝を抱え、視線を落とす。


痛みも、冷たさも、怖さも、もはや彼女の血肉の一部だった。


少女は無表情のまま、次の命令を待つ。



外の世界に一瞬だけ触れた光の記憶は、薄い灰色の霧に溶けて、ゆっくりと消えていった。

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