許されぬ恋のはじまり~終盤~5
その事に気付くより先に、魔王が凍り付いた。
「……えっ」
その様子に目を見開くと、ひゅーひゅーと息が浅い彼が、魔王の足元に手をかざしていた。
ダリッ!!
ダリウスが、魔王の足元に浮かぶ魔法陣を出したんだと分かった瞬間、ダリウスは私の手を取り、数カ月住んだ仮住まいの窓を蹴って飛び出した。
「ダリ……っ!!」
飛びながらも、私は彼の腹部に治癒魔法をかける。
「……治癒はいい。1秒でも……早く離れた場所に……!」
息が、酷く浅い。
こうやって飛んでいる事が奇跡のような状態。
「でも……っ」
そう言いながらも、治癒は止められない。
「魔王に位置を知る術は……ないが……部下には、いる。奴が呼び出されたら……俺たちは……終わりだ……そうなる前に、出来るだけ遠くに……」
口の端の血の跡をぬぐいながら、息も耐え耐え言うダリ。
彼の必死な声に、私は頷き、彼を引っ張る形で共に夜の空を飛び去った。
そうして辿りついたのは――天界でも魔界でもない、無の地。
無の地は、天界と魔界の間に広がる果てしない領域。
ほとんどが未開の地で、あるのは天魔殿くらい。
普段ここを通るのは、天魔殿に出入りする天使や悪魔たちが行き来する時だけ。
誰も住んでいない、静寂のエリアだ。
詳しくは語り継がれていないけど、遥か昔、この無の地にも誰かが暮らしていたらしい。
その証拠に、今もわずかに遺跡のような建物が残っていると聞いたことがある。
そして私たちは、そんな話を頼りにここまで来たのだけれど……
「本当にあった……」
目の前に広がるのは、かつて誰かが使っていたと思われる、古びた建物だった。
私は到着するなり、横になれるところを探し、すぐにダリウスの身体を治癒した。
まだ完全じゃない身体なのに、ダリウスは周囲に誰もいないかを確認する。
「大丈夫だ……。この辺りは完全に俺らしかいない」
その言葉にホッとする。
「悪いが、少し休む」
そう言った瞬間、ダリは眠りに落ちた。
埃まみれの布団にシーツ。
割れた窓から隙間風が入ってきている。
とても大きな窓から見える景色は、どこまでも広がる木々と、高い位置で光と存在感を放っている丸い月だけ。
「月だ……」
久しぶりに見た。
魔界にはなかったから……
私は、そんな景色を見た後、建物中に何か使える物がないか捜し歩いた。
「……無の地に、本当に住んでたんだ」
それは天使……?
それとも悪魔……?
そんな事を考えて歩いていると、ベビーベッドがある部屋があった。
ベッドの傍では、ぼろぼろになったクマのぬいぐるみとかが落ちている。
「子供を育てていた……?無の地で?」
傍には、小さな大人用の机と椅子、そしてその机の上には、かなり年期の入った分厚いノートがあった。
そっと埃を払って手に取る。
「なんだろう?この本。育児……日記?」
ページをめくろうと、表紙に指をかけた、その時――
世界が揺らいで、重たい霧の中に引き込まれるような感覚が訪れた。
そして気がつけば、私は自分のベッドの中にいた。
いつもの天井を見つめながら、何度かまばたきをする。
「……夢?」
まるで何か、とても長くて、濃密な夢を見ていた気がする。
でも、内容はもうぼやけていて、もう思い出せなかった。
ただ……胸の奥に残る、得体の知れないざわつきだけが妙にリアルで、私は静かに起き上がると、深くため息をついた。
きっと、昨日ダリウスが俺の部屋に来いって言ったから……
回想はここまでです(^^)/
次は「あなたのぬくもりの中で」の章になります。




