許されぬ恋のはじまり~中盤~5
「ああ。そうだ」
やっぱり……
魔界なんて、一生足を踏み入れる事のない場所だと思っていたのに……
魔界にいるという事だけで、体に緊張が走った。
見えていた町に降り立った私達。
その瞬間、ダリウスはフードを鼻先にかかるほどに深く被せてくる。
「わっ!」
「悪いが、その目も隠したほうがいい。碧い瞳は、天使にしかない特徴だから」
「う……うん」
そうだよね。
私は手で日差しを遮りながら、手の隙間から周囲を見渡した。
荷物を下ろす悪魔、帳簿を睨みながら計算している悪魔、威勢よく声を張り上げる商人の悪魔たちが映る。
「この町は、貿易の町だ」
フードの端を持って顔を隠しながら話す。
「貿易……」
輸出入があるんだから、そういうのがあって当然よね。
でも、実際にこうやって活気のある姿を見ると、不思議な気持ちになった。
「ここは出入りが激しく、新参者がいても目立たない。だから暫くここに潜伏して、今後どうするか考えていこう」
「うん」
「ママー」
「あらあら。走ったらダメよ」
そんな親子の声が、にぎやかな通りのざわめきに混じって聞こえてくる。
……魔界って、もっと暗くて陰湿で、怖い場所だと思ってた。
いや、確かに景色だけは暗いんだけど……
でも、この目で見た魔界は、想像していたものとは全然違った。
悪魔たちにも悪魔の想いがあって、豊かな暮らしや、子供の事を考えたりして過ごしてるんだろう。
そう思わせられるような様子を目の当たりにして、ずっと悪魔に対して『偏見』を持ってた事に対して恥ずかしく感じてきた。
「おいおい!お前、天使みたいな事言うなよ」
「誰が天使みたいだよ!」
「その思い込みの激しくて、偉そうなところがだよ!」
「なんだって!?」
「本当のことだろ?お前、今俺の事見下してただろうが!」
天使って、そんな風に思われてるんだ……
そんなに偉そうかしら?
でも……たしかに、悪魔って知能が低くて、野蛮で……って、そう思ってた。
見下してなかったとは、言いきれないわ。
天帝の補佐になって初めて悪魔と関わって、少しずつイメージは変わってきているけど……
「どうした?」
「……ううん……」
私は静かに首を振った。
その後、小さな宿で、気さくな悪魔に案内されたのはかなり小さな部屋。
大きさは、私が住んでいた家のお風呂場位の大きさだった。
でも、彼と一緒ならちっとも不満じゃないと、心の底から思った。
夜、眠れずに天井を見つめていた。
今、天界はどうなっているんだろう。
お父様やお母様、そしてお姉ちゃんはどうなっているんだろう。
こんな事になる可能性なんて、どこかで分かっていた。
でも本当になるなんて……思ってなかった。
どこかで何とかなると思っていた。
今までの私は、なんて楽観的だったんだろう。
「まだ起きてるのか?」
隣のベッドからダリの声が飛んでくる。
「うん……」
「眠れない?」
カーテンの隙間から細く差す町の明かりが、彼の心配そうな顔を浮きだたせている。
私は、天界でなく、この人の手を選んだ。
彼もそう。
それがこんなにも嬉しいのに、なんでこんなにも不安なんだろう……
きっと……終わりが来るのが、怖いから。恐ろしいから……
「ダリ……」
私の声はどうしようもなく震えていた。
怖いよ……
「どうした?」
その声は驚くほどに優しい。
出会ったばかりの頃、彼がこんな優しい目を向けてくるなんて、思ってもいなかった……
愛おしい……
『愛おしい』なんて言葉じゃ、言い表せられないほどに……ダリウスが大好き……
1秒でも長く傍にいたい……
ただ、それだけの事なのに……
眉がグッと寄って、ずっと我慢していた涙がこぼれ落ちた。
「……いつか、あなたと一緒に居られなくなるかもしれないって思うのが、怖い……」




