疑いの目4
天界パーティ。
それは、貴族の中でも選ばれた天使しか参加できない集まり。
私も小さい頃、よく両親に連れられて参加していた。
でも、その時の記憶なんてあまり無いわ。
煌びやかな会場、美味しい食べ物も、すぐに飽きていたし。
あの頃の私にとって、あんな場所は退屈で仕方なかった。
だから、私は何度か会場を抜け出した。
会場の裏庭の、誰もいない静かな場所へ――
そういえば、そこで可愛い男の子に会っていたような……
「あっ……まさかっ!」
「思い出してくれた?」
端正なルヴェルの横に、幼い男の子の面影が重なる。
「う、うん!嘘っ……あの時の男の子って……ルヴェルなの!?」
信じられなくて、私は口元に手を当てた。
「そうだよ」
ルヴェルはふっと笑うと、少し寂しげに目を細めた。
「でも……忘れられちゃってたか。ちょっとショックだな。僕は入学式の日、君を見た瞬間にあの時の子だって分かっていたのに」
たしかに私たちは、何度か会っていた。
月の下で花の冠を編んだり、静かな庭を歩いたり……でも、それも数えるほどの回数。しかも短い時間だった。すぐにどっちかのメイドや護衛に連れて行かれていたし。
だから、忘れていたのも無理はない。
……でも、ルヴェルはずっと覚えていてくれたんだ。
「思い出してくれたことは嬉しいけど、泣いていたことはあまり思い出さないでね」
ルヴェルは恥ずかし気に頬をかく。
「泣いていた事……?」
そう言われた瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは……真っ白なスーツに身を包み、大粒の涙を零している幼い彼の姿。
そうだ。
初めて会った時、ルヴェルは泣いていたんだっけ。
『いつか天帝になる身なのに、迷子なんかになったらお父様に叱られる。
天界の運命を任されるという責任をもって、日々行動しろって言われてるのに……』
そんなことを震えながら言っていたっけ。
私はその意味も分からなかったけど……
今思えば、まだ10歳にも満たなかったはずなのに、もうそんな重圧を背負っていたんだ。
その優しい微笑みの裏に、一体どれほどの苦労が詰まっているんだろう……
そう思った瞬間、ハッとダリウスの存在が思い出された。
そして血の気が引いた。
しまった!あれからどれくらい経った!?
一瞬でも忘れていたなんて……っ!!
こうしちゃいられない!
私は慌てて立ち上がる。
「あれ?もう行くの?」
「うん。もうこんな時間だし」
「じゃあ女子寮の前まで送っていくよ」
「ううん。一人で大丈夫だよ」
「でも……」
「じゃあね。また明日」
まだ呼び止めようとする彼を振り切って、私はその場を後にした。
女子寮の玄関に飛び込んで、すぐに裏口から抜け出す。
ルヴェルに遠回りをして、彼の待つ裏庭へと走った。
忘れていたなんて、ありえない!
ごめん……っ!!
何度も心の中で謝りながら、私は夜の中を駆け抜けた。
「はぁ、はぁ……ごめん、遅れて!」
息を切らして現れた私に、ダリウスが不機嫌そうに腕を組んで立っていた。
「どんだけ待たせるんだよ。心配するだろ!」
その声は明らかに怒っていて、でもどこか不安の混ざった色も感じられた。
「さっき……ルヴェルに捕まっちゃって……」
その瞬間、ダリウスの眉がピクリと動いた。
「……は?こんな時間にか?」
声のトーンが一段低くなり、目が鋭くなる。
「うん……。私たち……暫く会わない方がいいかもしれない」
「は?」
思いがけない言葉に、ダリウスがあからさまに顔を歪めた。
「私の勘なんだけど……すっごく怪しまれているの!このままだとバレ……」
そう言いかけた時、少し遠くで足音がした。
私はびくっと体を揺らし、とっさに辺りを見回す。
「と、とりあえず……そういう事だから!」
「いや、おい!待てよ!」
呼び止められたけれど、私はもうその場にいられなかった。
背中越しに感じるダリウスの視線が、痛いほど突き刺さる。
けど――
この想いを、私達の関係を、誰にも知られちゃいけない!
ダリウスの為にも……
…………
……
「という状況なの」
声を潜めるようにして話し終えると、私はこっそりダリウスの横顔をうかがった。
一応、ルヴェルと昔会ったことがあるなんてことは伏せておいた。
また余計な嫉妬をさせたら面倒くさそうだと思ったから。
「とにかく、私達の関係は明らかに疑われてるわ」
ダリウスは、悩ましげにため息をつく。
「ルヴェルは天帝候補の名門貴族よ。バレたら1番困る相手だと思うの」
「クラウディセル家――代々天帝を輩出してきた、天界随一の名門だろ」
「そうなの。だから……慎重にしないと……」
その時、ダリウスの目つきがさらに鋭くなった。
「さっきから気になってたんだけど……」
「……何?」




