疑いの目2
動揺しちゃだめだ。
出来るだけ、冷静に……
「前からよく話しているなとは思っていたけど……ここ数カ月かは、ただそういうのとは少し違うように感じるんだよね」
「……っ」
「そして昨日の彼の発言……気のせいならいいんだけ――」
「き、気のせいに決まってるじゃない!!」
私は思わず、ルヴェルの言葉を遮るように叫んでいた。
それは、自分でも驚くほど大きな声だった。
「ダリウスは悪魔よ!?そんなのありえない!」
「そう……だよね。……ならいいんだけど」
どこか納得しきれていない。
そんな目を向けられる。
それだけで、酷い不安に胸が押しつぶされそうになる。
その時、そっと手を取られた。
すくい上げられた手に視線を落とし、再びルヴェルを見ると……
ふわりと風が吹き抜けた。
白銀の髪が揺れ、彼の瞳がやわらかく細まる。
彼は静かに、口角を上げて言った。
「じゃあ……僕は、まだ諦めないから」
微笑んでいるはずなのに、どこか決心にも似た色が、アクアマリンのような瞳の奥に見えた気がした。
――その日から、驚くほどにルヴェルに付きまとわれるようになった。
ダリウスの為にもルヴェルとは距離を置きたいのに、同じクラスだからそうは出来ない。
そんな日々を過ごしているうちに、『ルヴェルと付き合っている』という噂まで流れ始めてしまった。
「本当にルヴェル様とは付き合ってないの?」
「だから、違うってば」
こんな話、ダリウスの耳に入ったらどうなるか……考えるだけでゾっとする。
天使と悪魔は今では生活区域が分けられているとはいえ、完全に情報が遮断されてるわけじゃない。
だから、こんな噂が耳に入る前に、ちゃんと伝えたい。
ルヴェルの目が怖くて、もう数日はダリウスに会えていない。
そんな状況で、どうやって……
――ダンッ!!
さっきまで友人たちと廊下を歩いていたはずなのに、なぜか私の目の前には――
鬼の形相をしたダリウスがいた。
「……ダリウス」
誰かに見られやしないかと辺りに目をやると、普段使われていない実験室が映る。
どうやら、一瞬の隙に強引に引きずり込まれたらしい。
「おい」
ドアとダリウスの間に挟み込まれた私の頭上から、酷く低い声が落ちてくる。
「ルヴェルと付き合ってるって?」
そんな質問に、私は一瞬で心の中で悲鳴を上げた。
でも、それと同時に、デジャヴを感じる光景に懐かしさを感じてしまった。思い出すのは、あの放送室。
「おかしいな。てっきりお前と付き合ってるのは俺だと思ってたんだけど?」
目は鋭く吊り上がり、口は引きつるように上がっている。
「そ、それは……!」
「数日前の夜、『ルヴェルにバレそうだから暫く会えない』って言い出して逃げていったと思ったら……まさかこんな裏切りがあったなんてな」
「裏切りなんて、そんな事するわけないでしょ!」
「じゃあ、なんでこんな噂が悪魔側の棟にまで流れてくるんだよ!」
「知らないわよ!」
「どうせ、お前がルヴェルにヘラヘラと愛想を振りまいてるからだろ!」
「なっ……!ヘラヘラって何よ!」
「図星なんだろ?実際、何度か見たことある。遠目でも、目障りなほど仲良さげだった」
そう言うと、更に目が吊り上がった。
「仲良くなんて……。私の中では前よりもちゃんと距離を開けてる!
確かに……冷たくしたりまではしてないけど、でも、私なりに努力してるの!」
「その努力が足りないんだろ」
「酷い!こっちの事情も知らないくせに!」
「だったら……教えてくれよ」
ダリウスが少し声を落とす。
「何も知らされずに、そんな姿だけ見せられる俺の気持ち……分かるか?」
ダリウスは、苦しげな表情で私に訴えかけていた。
その瞳に、私の胸が締め付けられる。
「あのルヴェルと話している姿をただ見せつけられて……しかも、『付き合ってる』『お似合い』なんて話まで聞かされた、俺の気持ちが……っ!」
「……ごめん」
「最後に会った夜、お前の様子は明らかにおかしかった。
何があったんだ。今、お前に何が起きてるのか……お前の口から、ちゃんと聞かせてくれ」
「うん……」
彼の言葉にうなずきながら、あの夜の出来事が頭をよぎる。
…………
……
私はいつものように、ダリウスの待つ裏庭に続く道を歩いていた。
やっとこの時間がきた。
ようやくダリウスに会える!
はやる気持ちで足を速めると――
「やぁ、こんばんわ」
声をかけられて振り返ると、そこにはにこやかに微笑むルヴェルの姿があった。
「ル、ルヴェル!?」
なんでここに……
まさか、待ち伏せされていた!?
すぐにそう感じた私は、動揺してしまい、言葉が出てこない。
「こんな時間に偶然だね」




