秘密の関係7
次の瞬間には、ダリウスの足音がこちらへ戻ってきていた。
そのまま腰を抱き寄せられ、唇が重ねられる。
「……んっ」
驚く間もなく、そっと落とされたキス。
唇が離れると、ダリウスはすぐそばで囁くように言った。
「じゃ、また夜な」
「う……うん」
突然のキスに、私はタコのように赤くなった。
し、心臓が持たない……
…………
……
ダリウスが、この部屋から出て行っても納まらない顔の火照り。
熱を取るように顔を手でパタパタと仰いでいると、予鈴が鳴り響いた。
その音に慌てて立ち上がり、使われていない教室を飛び出す。
廊下は、なぜかいつもよりも騒がしく感じた。
キャーキャーと、どよめきも混じったような声。
そんな事を不思議に思いながら廊下を駆けていると、ふと廊下の大きな窓の外、学院の正門前に広がる広場の上空に人影が見えた。
目をやると――
「久しぶり」
そこには、洗礼の儀に行っていたはずのルヴェルが浮いていた。
「ル……ルヴェル!」
私は懐かしい姿に、思わず叫んでしまった。
その姿は、白銀の髪が逆光を浴び、縁取るように淡く輝いて見えた。
洗礼を終えた天使の身にだけ、しばらくの間だけ纏うとされる洗礼の光の欠片。そんな淡い光の粒が彼の周りを舞っていた。
そのせいで、以前よりも気高く神々しさが溢れているように見える。
そんなルヴェルの手には、なぜか大量の花束。
それは見たことない花ばかりで、どれも虹色の光を放っていた。
騒がしい声にふとルヴェルの下に視線を下ろすと、地上には天使の女子たちが集まり、彼を見上げていた。
そしてルヴェルは、女子たちの視線を受けながらも、ふわりと廊下側へと降り立った。
その瞬間、近くにいた天使の女子たちがざわめきながら彼の元へ駆け寄ってくる。
けどルヴェルは、そんな群がる天使女子たちをすり抜けて、まっすぐに私の方に向かって来た。
そして目の前で立ち止まると、優しく微笑んだ。
「ただいま」
「お、おかえ……」
返事を言いかけた、その瞬間、私は何の前触れもなく抱きしめられた。
「……っ!!」
驚きで思わず体が固まった。
次の瞬間、周りの女子たちが悲鳴が耳に飛び込んでくる。
彼とはクラスメイトとして話す事も多かったし、男子の中ではダリウスの次に話す相手だった。
でも、こんな風に抱きしめられるような関係ではないし、そんな事する人ではない。
「ル、ルヴェル……?」
え……?えぇ!?何!?
肩を掴んで私を引きはがしたルヴェルは、嬉しそうな顔で口を開けた。
「やっと戻ってこられたよ」
「う、うん。おか……えり」
距離が近すぎる。
そのせいで、周囲の女子たちの視線が痛いほどに突き刺さっている。
「リシェル、ずっと会いたかった」
「……えっ?」
彼の言葉に、酷く違和感を持った。
洗礼の儀で、何かあった?
そう思った瞬間、ルヴェルの肩越しに怒りを隠しきれない表情のダリウスが映った。
しかも、明らかに怒りを孕んだ顔をしてこっちに向かってきている。
そんな様子に嫌な予感が沸き上がり、彼から離れようとした瞬間、ルヴェルが興奮した様子で再び私の名を呼んだ。
「リシェル」
私が視線を戻すと、彼はどこか苦しげな微笑を浮かべていた。
「僕……洗礼の地で、何度も考えたんだ。
天使としての使命、自分が成すべきこと……そして、君のこと」
「私の……事?」
なんで?
「僕は、本当ならこの気持ちを手放さなきゃいけなかった。でも――できなかった。ああ、でもちゃんと儀式は成功したから安心して」
なんの、話をしてるの?
花越しに映った彼の瞳はとてもまっすぐで、どこか熱を帯びているように見えた。
「リシェル」
彼は、花束を持ったまますっと片膝をつくと、広がる花束を差し出してきた。
「僕は……君が好きだ。ずっと昔から」
「……えっ……」




