嫌なら、殴ってでも止めろ3
「なんだ。お前も知っていたのか」
ダリウスは少し目を伏せた。
「うん……」
「はっ、機密事項のはずなのにな」
ダリウスは鼻で笑う。
「それはこっちのセリフよ」
確か、ダリウスの家も名家なんだもんね。
だから私みたいに、きっと内密に知らせがあったんだわ。
「で、どうなんだ?」
「……そんなこと……」
一瞬頭を巡らそうとするも、頭が完全に拒否してしまう。
だから、私はゆっくりと首を振った。
考えるだけで、胸がギュッと締め付けられるように痛い。
「分からない……」
「そうだよな。俺も分からない。実際にそんな状況になってみないと」
ダリウスは夜空を見上げ、ぽつりと呟く。
「だからこそ……その話を聞いてから、ずっと考えてる」
確かに、なってから考えるのだと遅いのかもしれない。
「俺は、お前とこうして会ってる時間が嫌いじゃない。
でも……もし次に会う時、お互い敵となって刃を向けなきゃならない状況だったら……」
そんな言葉に一瞬、脳裏に浮かんだ光景。
ダリウスと私は敵として向かい合い、お互いに武器を手にしている。
そんな想像に一瞬で全身の血が引いた。
「そ、そんなの、絶対嫌……っ!!」
私は思わず叫んだ。
すると彼が静かに目を伏せ、小さく笑う。
「……だよな。俺だって同じだ」
そう言った彼の横顔は、どこか寂しげに見えた。
考えたくないのに、考えさせられる。
そんな未来なんて――想像するだけで、息が苦しくなる。
けれど、その未来は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
本当に敵同士になってしまったら、私は……
どうすればいいの?
その時、遠くから話声が聞こえてきた。
「……っ!」
私たちは反射的に、近くにあった柱の影に滑り込むように身を隠す。
ハッと気づけば、目の前にダリウスの胸板。
ち、近っ……!!
慌てて後ろに下がろうとするけど、すぐ背中にひんやりとした柱の感触が伝わった。
ダリウスは私を隠すように、柱に片肘をつきながら身体を傾ける。
私のすぐ横には、彼の腕。
まるで彼の体に囲い込まれるみたいな形になってしまった。
そんな状況に、心臓が痛いほど跳ねる。
彼は私をじっと見つめ、少しだけ口を開いた。
「……静かに」
近づいてくる足音。
私たちは息を潜める。
ダリウスの腕の下で、鼓動が早まるのが自分でも分かった。
ち、近いからっ!!
緊張のあまり、呼吸すら忘れそうになる。
彼の温もり、かすかに感じる息遣い。
意識すればするほど、ますますドキドキが止まらなくなる。
お願いだから、早く行って……!
そう心の中で叫んで強く目を閉じると、「行ったぞ」という声が落ちてきた。
ホッとして目を開けると不思議そうに見下ろしているダリウスと目が合った。
「お前、心臓速ぇな」
そんなダリウスの低い声が耳元をかすめる。
バ、バレてる!!
私は慌てて口元に手の甲を当て、顔を背ける。
「う、うるさい……!もう行ったんだったら離れてよ!」
顔が熱い。
意識しすぎて、もう、まともに目を合わせられない。
そんな私を見て、彼はふっと笑う。
「お前、意外とそういう顔もするんだな」
「なっ!なんなの!?からかわな……」
ムッとして勢いよく見上げた。
至近距離の彼とバチっと目が合った瞬間、身体がビシっと固まり、自分の顔が真っ赤に染まるのが分かった。
「ヤバ……」
そう呟いたダリウスは、突然私の目元を覆い隠した。
「えっ!?何するのよ!」
「それ以上そんな目で俺を見るな」
「えぇ!?」
そんな目!?って、どんな目よ!失礼な!!
そう思って手を掴んで避ける。
「一体なんなのよ……」
開けた視界には、なぜか戸惑ったような顔をした彼が映った。
私はそんな予想外の彼の表情に、驚き固まってしまった。
「……えっ?」
何?その顔……
彼の瞳には、酷く熱が帯びているように見えた。
だからか、より一層大きく心臓が鳴ってしまう。
「おい、避けんじゃねぇよ。我慢できなくなるだろ」
「が、我慢……っ!?」
何の!?
私は無意識に斜め後ろに一歩後ずさる。
するとその足はツルンと滑り、重心がグラついた。
「きゃっ……っ!」
「危ない!」
ダリウスはそんな私を瞬時に支えた。
私の腰に、大きなダリウスの腕が回っている。
息も触れるほどの近さ。
私の視界には、ダリウスの端正な顔が占めている。
「馬鹿……」
彼が突然、掠れた声で呟いた。
「……っ!」
なぜか私の全身の温度が一気に跳ね上がった。




