嫌なら、殴ってでも止めろ1
寮の廊下を歩きながら、改めて思った。
最近、あからさまに避けられたり、陰で何か言われることが明らかに減っていた。
それは、ずっと気のせいだと思っていたけど……
『……どうにかしてやる』
以前、木漏れ日が落ちる庭で、悔しそうにそう言ってくれたダリウスの姿が脳裏によみがえる。
「まさか、ね……」
そんなことを考えているうちに、気づけば自分の部屋の前に着いていた。
部屋に入って荷物を置き、食堂に行く準備をしていると、部屋の扉がノックされた。
「リシェル様、ご実家からのお手紙です」
「あ、はい」
ドアを開けると、学院の使いの天使が手紙を差し出してきた。
受け取ると、その字はお父様の字だった。
その字を見た瞬間、なんだか嫌な予感が走った。
私はソファに腰掛け、封を開ける。
するとそこには、やっぱりお父様からの文が並んでいた。
『元気にしているか?私はやっぱり、あの時の判断が正しかったのか、今でも分からずにいる。これで良かったのかと自問自答する日々だ。
話は変わるが、これはまだ正式には発表されていないのだが、次の会議で、天界と魔界の関係について重大な決定が下される可能性がある。
内容次第では……
最悪、戦争という選択肢が現実になるかもしれない」
――戦争!?
その文字を読んだ瞬間、頭が真っ白になった。
嘘……っ!?
戦争なんて、もう1万年以上も起こっていないのに……っ!
手紙の最後には、こんな言葉が添えられていた。
『この手紙は、お前の目に触れたあと、できる限り早く処分しておくこと。内容は決して誰にも話してはならない。
もし戦争になると決まったら、すぐに迎えに行く』
お父様は私を学院から連れ戻すつもり?
……いや、そうじゃない。
戦争なんかが始まったら、学校どころじゃなくなる。
ましてや、悪魔と天使の共学の学校なんて……
どちらにしても、今の天界と魔界はとてもよくない状況になっている事は間違いない。
夜――
いつの間にか恒例になってしまった、ダリウスとの密会。
今夜も、誰もほとんど使わない寮の庭の陰で落ち合った。
こんなふうにダリウスと過ごすのは、もう何度目だろう。
夜に寮内を出歩いても、私を襲ってきたあの影は、あれから一度も見ていない。
こうなってくると、ダリウスの言った通り、本当にあの影は『術で生み出された刺客』だったんだと思わざるを得ない。
彼は、私の知らないことをいくつも知っている。
いつも冷静で、頼もしくて……その洞察力には、何度も驚かされてしまう。
いつものベンチに腰を下ろして、私は今日も調べたことを報告した。
といっても大きな進展はなくて、話はすぐにどうでもいい雑談に変わっていく。
ダリウスは、すぐに私をからかってくる。
私がムッとすると、彼は楽しそうに笑う。
――気づけば、そんなやりとりを、心のどこかで楽しみにしている自分がいた。
彼と過ごすこの時間は、不思議と心地よくて。
気づけば、あっという間に夜が更けてしまう。
そして……時々、胸の奥が落ち着かなくなる。
けれど、その理由を口にする勇気はない。
だから代わりに、ずっと気になっていた別のことを口にした。
「ねぇダリウス」
「ん?」
「もしかして、ルミナの友達に何か言った?」
親友のルミナ自体は何も変わっていないけど、周りの天使の態度が日に日に明らかに変わって来ている。
皆、口をそろえて理由は濁すけど……こうなってくると、ダリウスが何かしてくれたんじゃないかと思ってしまう。
私の質問に、ダリウスは微かに眉を上げた。
そして、観念したように口を横に引いた。




