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……
柔らかい光が窓から差し込み、鏡に映る私の姿を淡く照らす。
世話役の指が銀色の髪をすくうたび、さらさらと絹糸のように流れる。
「ついに来月から、リシェル様もアルカディア学院生ですね」
私の髪を梳かす世話役が感慨深げに言う。
「ええ」
「アルカディア学院に行ったら、今までと違って男女共学になりますよ。男性と同じ学校に通われること、少し緊張していたりしませんか?」
「別に」
ワクワクはするけど、特に緊張はない。
性別は違っても、天使は天使だもの。
でも、普通は緊張するものなのかしら?
「そうなのですね。こんなに美しく成長されて……リシェル様は学院の制服もきっとお似合いになりますよ」
世話役が、そっと髪を撫でるように梳きながら、私の顔を鏡越しに見つめている。
視線を少しずらすと、壁際に立てかけられたハンガーラックに、先ほど届いたばかりのアルカディア学院の制服がかかっていた。
アルカディア学院の制服は、天使学校の中でも可愛いと評判で、肩を美しく魅せる白いワンピース。
ウエストが程よく絞られ、ふんわり広がるスカートが特徴的だ。
ワンピースには、所々に上品なアッシュゴールドの刺繍が施されている。
天界一の学院というのもあるが、制服の可愛さからも人気が高い。
「あんなに小さかったリシェル様が、もう18歳。
旦那様が心配なさるのも無理ないわ。あの学校じゃない方が良かったかもしれないって、最近よく漏らされていましたし」
「そうなの?天界一の学院なのに……どうしてかしら?」
「やはり、全寮制というのが気掛かりなのでしょう。それに……」
世話役は少し言葉を濁す。
「それに?」
「アルカディア学院には、天魔会議にも出席するような著名な方々がいらっしゃいますよね?」
「そうね。名誉教授や上級の研究者の方々もいるわ」
「そのため、彼らを訪ねて魔界の上級悪魔が学院に出入りすることもあるとか……」
「……そうなんだ」
私は納得しながら頷いた。
「お父様ったら、本当に心配性なんだから」
私は小さくため息をつく。
「それだけ、リシェル様のことを大切に思っていらっしゃるのですよ」
世話役は微笑みながら、髪をゆるくまとめ、そっと手を離した。
「リシェル様は、別の学院はお考えにならなかったのですか?」
「あの学校以外考える事なんてなかったわ。だって、夢のためには、あの学校を出るしかないもの。まぁ、代々うちはあの学院を出るのが伝統みたいなものあるけど」
「そうですよね。リシェル様の夢は、天帝セラフィエル様の補佐ですものね」
「ええ。私はこの世界をよくしたいの。
天界には、まだ弱い天使達が泣いている。そんの、なんか違う気がするの。
弱い人も、貧しい人も、心から笑って生きられる天界にしたい。だから私は、天帝の補佐官になりたいの」
「リシェルお嬢様……なんとお優しい……リシェルお嬢様は天使の鑑ですね」
「大袈裟よ」
そう話していた時――
バン!!
と勢いよくドアが開いた。
振り返ると、そこには噂をしていたお父様が、血相を抱えて立っていた。
「お、お父様。どうしたのですか?」
「た、大変なことが起こってしまった!」
息を荒げながら、お父様は震える声で言った。
「えっ?」
「お、落ち着いて聞くんだぞ」
「は……はい」
「リシェル!お前の行く大学が……!!」
お父様はふらつく足取りで私の元へ歩み寄る。
「実は……あ……」
「あ……?」
「……悪魔と、共学になることになったんだ!」
「えっ……」
私はあまりの話に、耳を疑った。
そして一瞬固まってしまった。