親友1
次の休日――
木漏れ日が差し込む学院のカフェテラス席で、私は親友のルミナと向かい合って座っていた。
あえて生徒の少ない時間帯を選んだおかげで、テラスは貸し切り状態だった。
ルミナは腰まであるアクアマリン色の髪を風になびかせる。
カップの中の紅茶が、静かに揺れている。
「……なるほどね」
ルミナはカップを静かに置くと、腕を組んだ。
「つまりリシェルは、この前の事件は『天使がやった可能性がある』って思ってるのね?」
「そうよ。あの書庫で見た術式が本当なら、ある程度確定しているようなものだと思うんだけど……」
わずかに、眉が寄せられると、ルミナは苦笑いを浮かべた。
「考えすぎじゃない?」
「え?」
「確かに、リシェルの状況だと、その術式は天使のものかもしれないって思うかもしれない」
「うん」
「でも、記録が間違っている可能性だってあるでしょ?」
親友は、再びゆっくりとカップを持ち上げる。
記録が、間違ってる。確かに、それは私も疑っている。
あの書庫にある記載自体が本当なのかどうかも……
でも、天界の機密情報まであるあの書庫にあったものだからこそ、間違ってる可能性の方が低いはずだ。
「そうよ。でも……それと同じように、天使だという可能性もあるの」
ルミナの顔がピクっと震え、目が鋭くなる。
でも構わず続けた。ルミナには分かってほしくて。
「私だってこんな事思いたくない。今でも信じられない!
でも、悪魔の術式には全て目を通したけど、全く同じ模様の術式は1つも無かった!なら、確実に記録のある天使の術式だったとみるのが自然でしょ?」
親友は私の言葉を聞くと、ゆっくりとため息をついてカップを置いた。
「リシェル」
「な、なに?」
「ねぇ、本当にそんなこと言うつもり?じゃあ、天使が天使を襲った理由は何?」
「えっ……それは……」
「それだとまるで、悪魔を陥れるために、わざとやったみたいじゃない」
「もしあの記述が本物なんだったら、私は……」
私が言うと、ルミナは言葉を遮るように叫んだ。
「ふざけたことを言わないで!!」
カップがカランと揺れ、静まり返る。
「ふ、ふざけてなんか……っ!!」
「天使が、そんなことするわけないでしょ!」
ルミナの目はみるみる吊り上がっていく。
「あなた、最近悪魔と仲良くしていたわね!」
ダリウスのこと?
「だから何?」
「悪魔と関わるようになってから、頭がおかしくなったんじゃないの!?」
「……なっ!なんでそんな事言うの!?」
ルミナの学年は共学じゃない。
悪魔とは一切関わらず、悪魔のことをほとんど知らない。なのに、そんな酷いこと……っ!!
「私は事実を言ったまでよ!」
「悪魔と仲がいいとか悪いとか、今そんなの関係ないでしょ!」
「関係あるというのも分からないのね」
「どういう事よ!」
「そのままよ!」
「あの事件はおかしい事が多いわ!事件が起こる瞬間を見た者は誰もいないし、被害者だってまだ眠ったまま。なのに、大した証拠もないのに……あんな風に処刑されたのよ!?ルミナはなんとも思わないの!?」
泣いて抵抗した挙句、この世から消されてしまった悪魔の事を思い出し、私は拳を強く握って続ける。
「処刑された彼だって、大切な家族がいると思うわ。それに、私達みたいな親友や友達がいたかもしれない。なのに、もし、えん罪だったら……っ!!」
彼女は私を見て短いため息をつくと、目を伏せた。
「だから何?彼は悪魔よ?」
「……えっ?」
ルミナはゆっくりと顔を上げる。
その青い瞳には、どこか悲しげな色が宿っていた。
「そうね……、リシェル。あなた、昔から正義感が強いものね」
「……?」
私はいきなり出てきた『正義感』という言葉に、眉を寄せてしまう。
「でも、そのせいで見誤ってるのよ。目の前で悲しいことが起こればかわいそうだと感じ、誰かが責められれば庇おうとする……。でも、それが本当に正しいの?」
「え……?」
「私たち天使は、絶対に揺らがない正義を貫く存在よ。嘘をつき、私たちを欺く悪魔とは違うの」
「だから、それは……っ!」
「リシェル!」
大きな声にビクッと体が震えた。
「もとはと言えば、悪魔が天使を狙ったのが悪いのよ。検証班がちゃんと調べた結果なの!
なのにあなたは『かわいそう』だとか『本当に犯人なのか』とか……そんなことばかり考えている。今のあなたは、天使の正しさを見失ってるわ!」
「違う!悪魔が全部悪いとは限らない!相手がどんな種族であっても、正しく裁かれなきゃ意味ないわ!」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
そんな様子を、私は静かに見守った。
「私たち天使は、正義を守るために生きている。悪魔は、その正義を乱す存在でしょ?それなのにあなたは、今、悪魔の見方をしている」
悪魔の見方……?違う。
だから私は、ただ……えん罪の可能性があると気づいてしまった以上、知らないふりなんてできないだけで……
彼女は、まっすぐに私を射抜いた。
「リシェル。それはね、天使全体への――裏切り同然よ」
その瞳は、私を敵だと告げていた。




