先入観?5
そう言われて、私は頭を巡らした。
事件が起こるまでは、普通に接してきた悪魔の女の子。
ダリウスの行動。
そして、あの処刑の天使や悪魔の言動……
私は思い浮かんだ人たちの姿に、どうやっても、その問いかけに頷く事は出来なかった。
正直……悪魔はまだ少し怖いと思うことがある。
ずっと悪い噂ばかり聞かされて育ったせいか……
私は少し迷いながらも、ゆっくりと口を開けた。
「まだ短い期間だけど、私は悪魔と一緒に生活をしてきて、この目で悪魔を見て来た」
彼は、私が話すのを、見守るような目で見ていた。
「……私が想像していたような……ずっと聞かされて来た『悪魔』とは、なんだか違ったわ」
私の言葉に、彼は紅い目を細くし、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「そうか」
その顔を見るだけで、なぜか心が温かくなった。
「天使と悪魔が、心を分かち合うなんて……出来るのかな」
今回の事件も、よく分からないけど、結局は天使と悪魔との関係性が原因なんだと思う。
こんな事考えたくはないけど、容疑者が天使だったとしたら、もっとちゃんと調べたような気がするから。
「どうだろうな。でも……俺はそうなればいいと思ってる」
彼の言葉に、私は思わず視線を戻した。
「天使も悪魔も知性があり、心を持つ。互いに『先入観』さえなければ、もっとマシな関係になれるはずだ」
「……先入観」
「ああ。……『悪魔は野蛮』だ、『天使は傲慢』って、お互いに幼い頃からそういう先入観を植え付けられてきた。
だから、まだ話してもいない相手を前に、天使は怯え、悪魔は警戒して距離を取る。結果、関わり合うのが難しくなっていた」
そうだった。
入学してからずっと、教室でも食堂でも、天使と悪魔はきれいに分かれていた。
誰に強制されたわけでもないのに、まるでそれが当たり前のように。
私だって、ずっとそれが自然なことだと思っていた。
「見えているもの、教えられてきたものだけが全てじゃない。与えられた情報だけじゃなく、自分の目でどう見えるのかを判断したいと俺は思っている」
ダリウスの言葉は、とても新鮮で、不思議とすんなりと胸に落ちた。
――でも、頭では分かっても、心はすぐには切り替えられない。
染みついた感覚は、簡単には剥がれてくれない。
そんな感じがした。
私は、自分でも気づかないうちに、ずっと『天使らしく』あろうとしてきたのかもしれない。
『天使らしく』あろうとするほどに、知らず知らずのうちに、世界を狭くしていたのかも……
そんなことを、ぼんやりと考えた。
でも、すぐには答えが出せそうになかった。
…………
……
えん罪の可能性が高いと思う。
なのに新しい情報は得られない。
私は眉間にシワを寄せ、パタンと本を閉じた。
「……これ以上は、一人で考えても駄目なんだわ」
正直、もう一人で頑張るのは限界。
自分がどう思われるかなんて怯えていたら、答えに辿り着けないまま終わってしまう。
その方が嫌っ!
……もう、勇気を出して一歩踏み出すしかない!
相談相手がいる。
私と同じくらい術式に詳しい人の知識を持っている人じゃないと駄目だわ。
私は術式を専門にしてきたし、惜しくも首席にはなれなかったけど首席候補だった。
正直、私と同程度の知識があって天界の魔法を学んできた人間なんて、そう多くない。
「誰に相談すれば……」
そう呟くと、すぐに三人の顔が頭に浮かんだ。




