先入観?4
「……どうした。そんな顔で星を見つめて」
低く、穏やかな声が夜の空気に溶け込んだ。
意外にも、ダリウスは今まで通りの態度。
その事に驚いた直後、なぜか嬉しさが沸き上がっている事に気付いた。
けど、そんな自分を認めたくなくて、ムッと口を尖らせた。
「あ……悪魔には関係ないでしょ!」
なのに、ダリウスはゆっくりと近づいてくる。
「な、なに?」
目の前で立ち止まった彼は、再びルビーのような赤い眼で、じっと私を見下ろしてくる。
至近距離で目が合うと、心臓が跳ねた。
「なんでそう決めつける」
「……えっ?」
「俺には関係ある」
夜の風が吹く。
彼の瞳が赤く揺れた。
「お前が……天使だろうが、悪魔だろうがな」
「そ……それは、ただの綺麗事でしょ!?」
私は反射的に反発する。
そんな話ありえない。
現に、周りの誰も、『悪魔だから』『天使だから』って、そういう前提でしか見られていない。
「そう思うか?」
彼は小さく笑うと、夜空を見上げて続けた。
「でも、そう言い切れるほど、この空は狭くないんじゃないか?」
私は彼の視線の先を見つめる。
そこには、数えきれないほどの星が、ひしめき合っていた。
「お前、この世にある星を、全て知ってるのか?」
「……?」
言葉の意味が、分からなくて私は彼の横顔を見てから静かに首を傾けた。
「……どういう意味?」
「本当の世界は驚くほど広い。天界、魔界、人間界……
でも、決められた世界の中で、お前も俺も、生まれたときから『お前はこうでなきゃいけない』って決められてる。
いや、『教え込まれてる』って言った方がいいのかもな。
天使は正しい、悪魔は悪い。それが当然だってな。
……でもさ、そんな決まりごとみたいなものをただ信じてるだけで、いいのか?」
それは、私が心の奥に押し込めていた問いだった。
向き合うのが怖くて、私はすぐに別の話題に逃げた。
「分からない……。それより、なんで私に話しかけてくるの?」
「いけなかったか?」
だって……仲間が、あんな酷い扱いをされた。
「ダリウスも腹立ってるでしょ? あの事件のこと」
「当たり前だ。何度も、学院ごとめちゃくちゃにしてやろうかと思った位だ」
「でも、しなかったんだ」
「俺が本当にそんなことすると思うか?」
「思う」
私は適当に言ったけど、心のどこかでは本気だった。
「だって、あなたは『悪魔』じゃない」
「またそれか……」
そう呟くと小さくため息をついた。
「するわけない。そんなことをすれば、魔王の意向にも反するし、ただでさえ不利な今の状況がもっと悪くなるだけだ」
「そう、だよね……」
本当だわ。
「俺を含めて、ここにいる悪魔たちは『適性検査』を通ったやつだけだ」
「適性検査?」
「こっちに来る前に受けさせられたんだ。感情のコントロールが、どれだけできるかの検査を」
「……え?」
なにその検査……
聞いたことがない。天使側ではなかった。
「悪魔は天使より感情的になりやすい。まぁ個人差もあるが。それで『野蛮』とか『自己中心的』って言われてきたんだろう。
でも、魔界は本気で共存を目指してる。だから、感情の制御ができないやつは、最初の適正検査で弾かれてるんだ」
噂に聞いていた悪魔像とは、確かに酷くかけ離れていた。
お互い嫌味を言い合ったりはしたけど、事件が起こるまでの感情のぶつかり合いは天使と同等くらいだった。
思っていたより怖くないと感じるのは、そういう適正検査を通った悪魔だけだから……?
じゃあ、本当の悪魔は噂通りに恐ろしいのかな?
赤いルビーのような目が、静かにこちらを向く。
「実際お前の目に、悪魔はどう映ってるんだ? 本当に、ただの悪魔は本当に『悪』か?」




