先入観?2
突然目の前が揺らいでよろめいた。
思わず目を強く閉じ、顔を手で覆う。
けれど、倒れはしなかった。足裏には確かな地の感覚があった。
気付けば、肩を支えてくれているような感覚が伝わっていた。
「大丈夫?」
耳元で心配するようなルヴェルの声がした。
「……う、うん……ちょっと、目が回っちゃっただけ……」
最近、ちゃんと寝てなかったからかな? あの事件のことばかり考えてたし……
そう考えながら恐る恐る手を下ろし、目を開ける。
「もう大丈……」
視界いっぱいに映り込んだのは、ルヴェルの端正な顔。
あまりに近い距離に、心臓が一瞬跳ねて、慌てて一歩下がった。
すると、ルヴェルは猫のような綺麗な目を細め、ふっと優しく微笑んだ。
「気をつけないと駄目だよ」
その次の瞬間――
「偽善者ですって!?」
「お前たちは善者の皮を被ってるだけだ! だから信用できないって言ってんだよ!!」
「何てこと言うの!! 悪魔のくせに!!」
火花が散るような激しい言い争いは、更に激しさが増しているよう。
お互いに睨み合い、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
「リシェル、こんな所にいない方がいい」
そう言うと、ルヴェルは迷いなく私の手を取った。
「で、でも……」
「行こう。ここは危険だ」
強くはないけれど、拒めない力で引かれていく。
そんな時、ふと視線を感じ目をやると、悪魔用に振り分けられた教室の中にいるダリウスと目が合った。
なぜか私を見るなり、目を細め睨んでくる。
その目に触れた瞬間、なぜか私の心が冷たくなっていくような感覚がした。
私は思わず目を伏せる。
そして恐る恐る再び目を上げると、もう彼は私の方を見ていなかった。
ダリウスは、挑発的な笑みを浮かべながら、周囲の天使を見つめていた。
その瞳は、どこか冷たかった。
きっと彼も仲間を処刑されて、天使を恨んでるんだわ。当然よね。
私でもそうしていたかも……
退学は免れたけど、もう……彼と前みたいに話す事も、私に微笑む事もないのかもしれない。
そう思うだけで、胸が酷く傷んだ。
「リシェル? 大丈夫?」
その声に気付くと、ルヴェルは私を心配そうに覗き込んでいた。
「……うん」
「何あったら言って。僕でよければ、いつでも相談に乗るから」
「ありがとう」
天使は『正しさ』を疑わず、悪魔は『怒り』を隠さない。
学院にある景色は、私の知っている光景じゃなかった。
天界の上層部と魔界の上層部は、一応の話し合いを終えたらしいけど、問題は何も解決していない。
でも、いつまでも学院を閉鎖しておくわけにはいかず、『安全は確保されている』と無理やり再開された。
当然、生徒たちはそんなのでは納得できない。
悪魔側は無実を主張した友人が殺されたと感じ、天使側は仲間が襲われたという恐怖が消えない。
当たり前だけど、一時閉鎖は、生徒たちの関係を修復する時間にはならなかった。
この学院は、完全に分断されているように感じた。
結局、その後はすれ違うだけで言い争いが起こり、学院はやむなく天使と悪魔を別々の建物に分ける処置を取った。
もう、前のような雰囲気には戻れないんだろうと思った。
…………
……
授業が終わったあと、私は廊下を歩いていた。
するとふと視界の端に、あの時、事件の時に居た検証班の姿が見えた。
「……あっ」
もしかして、今なら、聞けるかもしれない。
私は迷わず彼の元に行き、声をかけた。
「あの、すみません」
彼は私に気づくと、少し驚いたように振り返る。
「ん? ああ、あの時、現場にいた……」
「突然すみません。少しだけ、聞きたいことがあって」
「どうかしたか?」
「この前の事件のことなんですけど……術式って、結局どの術式だと判断されたんですか?」




