3
翼の群れが嵐のように押し寄せ、一瞬で私たちは取り囲まれた。
誰もが息をひそめたかのように、靴音が止む。
床板の軋む音だけがやけに大きく響いた。
そして――
「捕まえろ!」
低く抑えた、鼻にかかった声。どこかで聞いたことがあると思った。
でも、その声の主の姿を捜したり思い出したりするより先に、皆いっせいに飛び掛かってきた。
肩を押さえつけられ、あっという間に拘束された。
それでも、私たちは必死に抗った。
でも、数が多すぎる。どう足掻いても逃げれはずがなかった。
「やだ! 離してよ!」
「リシェルに触るんじゃねぇ! 離せ!!」
拘束を解くダリは、すぐに私に手を向ける。
「ダリ!!」
「リシェルーー!!」
でも、そんな彼もどんどん小さくなっていった。
声までも小さくなったと気付いた頃には、涙で前が見えなくなっていた。
「……うっ……」
運命とは、なんて残酷なんだろう。
こんな結末になるのなら、初めから出会わなければ良かったの?
……でも、出会えた喜び。
共に過ごした時間。
それは、紛れもなく存在した、かけがえのないものだった。
悲痛な叫びと、伸ばされた手。
それが……私の記憶に刻まれた彼の最後の姿だった。
なぜなら――
彼はその後すぐに、処刑されたのだから。
その報告を、天界の牢屋の中で知った瞬間、世界が音を失った。
足元が崩れ落ちるような感覚。
呼吸さえ、ままならない。
――あの声も、あの温もりも。
――何もかも、この世から消えてしまった。
そんなの、受け入れられない。
信じられない。
ただの悪い夢だと、何度も何度も思おうとした。
でも、現実は冷酷だった。
目の前は滲み、何も見えない。
愛ゆえに私は世界に背いた。
それが彼を死に追いやった。
……それは紛れもない事実。
「私のせい……私が……」
喉の奥から掠れた声が漏れる。
罪悪感が、呼吸すら苦痛に変える。
でも、そんな時間も長くは続かなかった。
すぐに、私の番が来たからだ。
ガチャリ。
牢屋の扉が軋む音とともに、外の光が差し込む。
「おい、出ろ」
冷たい声とともに、腕を無理やり引かれた。
その瞬間、強く拘束をされていたせいか感覚のなかった手首に痛みが走った。
「……っ!」
あの日ぶりに外に出ると、嵐でもくるのかと思う程に、不気味な雲が空を覆っていた。
肌に触れる風は、どこまでも冷たい。
それは、世の中が私達にする仕打ちと同じようだと思った。
そんな中、私は断罪の場へとロープで引かれる。
――終わるんだ。
ここで、全部。
断罪の場につくと、断罪官はすぐに私を見下し、冷たい声で言った。
「最後に何か言い残すことはあるか?」
周りを見ると、見物客のような物珍しそうな天使達の目が沢山向いていた。
好奇の視線。
まるで、娯楽でも見るような瞳。
「こんなの……おかしいわ……っ! 私は……ただ、彼を愛しただけなのに!」
自分の声が震えた。
けど、その震えは恐怖ではなく、怒りだった。
「天使と悪魔が愛し合い、交われば『滅ぼしの子』が生まれる。お前はその恐れを無視した愚か者。
よって、掟に背いたお前を断罪する」
「確かに私たちは愛し合っていた……。でも、それだけよ!
決して……決して、禁忌を犯したわけじゃない!! なのに……」
誇り高き天使としての気高さを保ちながら、涙を堪えて断罪官を見上げる。
でも、そこにはただ『罪』と決めつける色だけがあった。
「どうして……ただ愛することさえ許されないの……?」
胸が痛い。
彼の笑顔、温もり、すべてが脳裏に浮かび、さらに痛みが増す。
「彼は……優しかった。誰かを傷つけることなんてしなかった……!
なのに……どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないのよ!」
そんな私の言葉に、シーンと静まり返る。
やがて、その静けさを破るように誰かが鼻で笑った。
でも、誰が笑ったのか分からない。
見物客の無数の視線が、私を刺すように突き刺さる。
断罪官はため息をつき、冷たい目で私を見下ろした。
「大人しく牢に入っているから反省でもしていると思っていたが……違ったようだな」
断罪官は冷たく私を見下ろしていた。そこに慈悲の色は微塵もない。
「完全に悪魔に毒されているお前はもう天使ではない。……さっさとやれ!」
その一言で、左右にいた天使たちが一斉に動き出す。
視界が揺れ、まるで世界がスローモーションになったかのように感じた。
「やめてっ!」
そう叫んだ瞬間、視界の片隅で、目元を覆い泣き崩れる母が映った。
そして、その横では真っ赤な目をして必死に立つ父の姿。
お父様、お母様……
こんな醜い最期を見ないで……っ!!
もう泣かないつもりだったのに、両親の姿を見た途端、どうにもならない涙が溢れてきた。
そんな私を乱暴に掴む天使たちは、断罪の場へと押し込む。
「歪んでる! なんでこんな事ができるの!? 天使としての慈悲はどこにあるの!?」
私――ここで本当に、終わるの?
嘘でしょ……?
嫌だっ……!!
こんなの……絶対おかしい!!
絶対に――っ!!
涙が溢れて、視界は霞んでいく。
そして――鋭い刃が落ちてきた。
ザンッ!!




