天の裁き1
その後、学院では緊急の対策として、食堂などの利用時間を天使と悪魔で分け、できるだけ顔を合わせないようにした。
そして翌日――
登校すると予想通り、学院内は騒然としていた。
教室は、昨日までの穏やかな雰囲気はすっかり消え去り、そこには不穏な空気が漂っていた。
「ねぇ、本当に悪魔の仕業なの?」
「そうに決まってるじゃない」
「ほら。だって、あの術式は悪魔のものなんでしょ?」
不安と憶測が入り混じり、皆、悪魔への疑いを止められないようだった。
怒りを露わにする者、不安げに怯える者。
事件のせいで、天使たちはみんなピリピリしていた。
「なんだよ。俺たち何もしてないのに……」
「天使たちの目、うぜぇ……」
「今までは表向き平和だったけど、あれが本音ってわけか?」
悪魔の生徒たちは口を歪め、天使を睨み返していた。
この場の誰もが、天使と悪魔の間にある見えない壁が、また一段と厚くなったことを感じ取っていた。
そんな中、ふとダリウスが目に入った。
「あっ……」
彼は教室の隅に立ち、天使たちの噂話を腕を組んで無言で聞いていた。
その横顔は、今まで見たことがないほど静かで、張り詰めた空気をまとっている。
……ダリウスも、天使たちの態度に怒ってるんだろう。
そう思ったけど、何も言えなかった。
彼に声をかける理由も、言葉も見つからない。
そうしている間に、ダリウスは踵を返し、静かに教室を出て行ってしまった。
その時、突然学院内に放送が響いた。
「昨日の件について話しておきたい」
それは、学院長の声だった。
「アルカディア学院は今回の事件を、非常に重く、世界をも揺るがしかねない事件だと認識している。
現在、犯人の特定を進めており、すでに対応の準備に入っている。学院内での混乱は避け、冷静に行動するように。
天使悪魔の共学である1年生は、今日から暫くの間、教室を分ける事とする。詳細は各教室で担当講師から説明がある」
世界をも揺るがしかねないと言う事件の半日後にしては、とても落ち着いて聞こえた。
そんな時、私はふとあることに引っかかった。
「すでに対応の準備に入っている……?」
事件が起こってまだ半日しか経っていないのに、もう『対応』する段階なの?
まるで……
いや、考えすぎよね。
その日の午後――
授業が終わり、天使達と廊下を歩いていると話題を振られる。
「悪魔が教室にいないと、楽でいいわね」
「えっ……う、うん」
昨日の放送の後、天使と悪魔の教室が分けられた。
専門の教室以外は建物さえ違う。
確かに、あんな息も詰まりそうな空気から解放されて、楽になった気がする。
「このままずっと悪魔と別教室ならいいのに。あんな事したんだし、学院から全悪魔追放でもいいと思うくらいなんだけど。リシェルはそう思わない?」
そう聞かれて、事件が起こるまでは仲良くなりかけていた悪魔の女子、そしてダリウスの顔が浮かんだ。
だからか、その言葉にすぐに答えることが出来なかった。
「……どう、かな?」
「リシェル?」
不安そうに呼ばれて、私は小さく笑って誤魔化した。
悪魔は『悪』で『自分勝手』で、『自分らの利益』しか考えない。
そう教えられてきた。
でも、実際に悪魔たちと話しているうちに、少しだけ……違う一面も見えてきた気がしていた。
相手を思いやる心や……優しさも確かにあった。
そう思うと、悪魔をむげにするような言葉は言えなかった。
その時、突然外から騒がしい声が聞こえてきた。
なんだろう? と思った時――
「犯人が見つかったぞ!」
外から飛び込んできた大声に、私は足を止め、息を呑んだ。
「……えっ?」




