リシェルが見たもの3
威厳ある声が響き、野次馬の間から学院長が姿を現した。
長い髪も眉毛も白く、ローブを羽織った堂々たる姿。
学院長は倒れている女生徒に目を向けると、静かに眉をひそめる。
「これは……?」
すぐに学院長に駆け寄る検証班。
「学院長。実は、彼女は悪魔の術式で倒れたようでして……」
「何!? それは本当か!?」
「はい……。私たちがこの目でしっかりと確認しました」
そのやり取りを耳にし、周囲の天使たちはますますざわめいた。
次々に悪魔への非難が湧き上がり、険悪な空気が周囲に広がる。
そんな状況に耐えれなくなり、私は思わず叫んでしまった。
「待ってください!」
私の言葉に、その場にいた天使たちの視線が、一斉に私の方を向けられた。
こんな事、言うべきじゃないと思う。
でも……そんな決めつけみたい罪を着せるのは、許せなかった。
私は唾を飲んでから口を開く。
「これは……本当に悪魔が良く使う、あの術式なんでしょうか?」
すると、予想していた通り、皆信じられないといったような顔を向けてきた。
こうなるのは分かっていた。
だって、天使が悪魔の肩を持ったんだから。
しかも、1番疑われる第一発見者である私が悪魔を庇うなんて、滑稽に思う者もいるかもしれない。
悪魔じゃないのなら、必然と天使が犯人だという事になる。
さすがに、私も天使だなんて思っていない。
でも、あの時の違和感を思い出すと……
「……確かに、先ほどまで浮かんでいた術式の形は、悪魔がよく使うものに似てました。でも……私は、どこか違うと感じました」
私の言葉に、天使たちは怪訝な顔をした。
「何を言ってるんだ? 悪魔の術式そのものだろう!」
「まさか、悪魔を庇う気か?」
一斉に浴びせられる言葉に、一瞬だけ躊躇した。
でも私は、術式の知識には自信がある。
将来、天帝セラフィエル様の補佐として恥じないよう、上手く飛べない分、術式については誰よりも勉強をしてきた。
だからこそ――言い切れる。
「普段、悪魔が使っている術式って……もっと円の中にきっちり収まる形だったはずです。
でも、さっき見た術式は、円の外まで線がはみ出していたように見えました。他にも、模様が少し違っていたような気がします」
天使たちは言葉を失ったように黙り込む。
私は構わず続けた。
「さっき、『悪魔がよく使う術式だ』ってお話されていましたけど……もしかして、悪魔が使う風の術式に似ていると思ったんですか?」
「あ、ああ……そうだな。形も同じだったし」
「じゃあ、それが正しいとしたら、どうして風魔法なのにこんなに辺りが焦げているんでしょうか?」
私が、焦げた箇所に手を向けて伝えてると、検証班の一人が私の手の先を見てから唇を噛んだ。
「ば、馬鹿馬鹿しい! じゃあ、悪魔の術じゃなければなんなんだ!」
「まさか、天使がやったなどという戯言を抜かすつもりか?」
怒りのままに怒鳴られる。
他の検証班は私を鼻で笑った。
「いいえ。私はただ……あの術式ではないんじゃないかと思っているだけで……」
その時、また鋭い視線を感じた。
私は勢いよく背後を振り返った。
すると、遠巻きに観察するように見ている、ザハルク講師と目が合った。
また……っ!?
いや、でもこんな騒ぎになったから駆け付けただけで……
そう思うのに、ドドドと酷い音が鳴り始める心臓。
自分の胸を押さえると、遠くから騒がしい声が聞こえた。
目をやると、学院長の奥側で、悪魔の生徒たちが光の壁で遮られ、検証班達に通行止めをされている様子が映った。
「……っ」
私はようやく、大変なことが起こってしまったのだと理解した。
どうしよう……っ!
こんなの……、お父様の耳に入らないわけがない!
すぐに『退学』の2文字が頭の上に浮かんできた。
…………
……
リシェルが見たものはここまでになります。
次は「天の裁き」になります(^^)




