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慌てて起き上がり、古びたソファに落ちていたショールを掴もうとする。
でも、彼の手が私の腕を引き止めた。
「いや、もう遅い」
その言葉に、血の気が引いた。
背筋に冷たいものが走る。
「じゃあ……捕まるのを待てっていうの!?捕まったらどうなるかも分からないのに!?」
奥歯を噛みしめる彼を説得するように、私は彼の手を取った。
「だ、大丈夫よ!これまで逃げて来たんだし、まだやれ……」
彼は静かに首を振ると、私の言葉を押し殺すように低く呟いた。
「お前には……分からないんだよな」
「えっ……?」
「今度は一人や二人じゃない。もう、取り囲まれてるんだ……っ!!上級悪魔、そして上級の天使らに――」
「……っ!」
その言葉に、全身が凍りついた。
彼が、悔しそうに唇を噛みしめる。
その唇からは血が滲み出していた。
「……終わりだ……」
「そんなっ!」
「国を……世界に背いてでも……ただお前と一緒に居たかった。
お前の笑顔を傍で見ていたかった。そう思って選んだこの選択だった!なのに、どうして……これほどに叶わないんだ……っ!!」
ダリは自分の顔を隠すように覆った。
「ダリ……」
ダリの手を握り、震える指をそっと包む。
「……大丈夫よ。万が一、私達が離れ離れになっても……」
自分の胸に、彼の手を重ねる。
「私たちは、また……きっと出会える……」
そう呟いたけれど――
それは自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。
生まれ変わる保証なんて、どこにもない。
それでも、そう信じなければ、心が折れてしまいそうだった。
そうでもしなければ、今の自分を保つことすらできないと思った。
「ここに、私達の愛を刻まれている限り……」
私たちの人生は、きっともう終わるだろう。
誰よりも聡明で、冷静な判断を下すダリが、初めて『もう無理だ』と言った。
だから今度ばかりは、本当にどうしようもない状況なんだろう。
でも――
それでも、あなたを愛している。
私は涙を流しながら笑顔を作った。
だって、あなたが初めて私の前で泣きそうな顔を見せたから。
あなたが泣くなんて、嫌だった。
あなたはいつも強くて、私を守ってくれた。
でも今――
震える唇を噛みしめ、涙をこらえようとしているあなたがいた。
その姿に、胸が張り裂けそうなほどに締めつけられる。
私はそっと手を伸ばし、震える彼を強く抱きしめた。
温もりを感じたくて、離れたくなくて。
「ダリウス……大好きだよ」
でも、それだけじゃ足りなかった。
涙をこらえながら、震える声で続けた。
「また……会いましょう。必ず……」
その瞬間――
バンッ!!
勢いよくドアが開いた。
「そこまでだ!!じっとしろ!!」
長い間静かだったこの部屋に、天使や悪魔がぞろぞろと押し寄せてくる。