手とり足とり1
学院の訓練場の空には、すでに何人もの天使と悪魔が舞っていた。
今日は「飛行訓練」の実技授業。
空中での動きや連携を学ぶらしい。
私は背中側に意識を集中させ、翼を出した。
基本的に、天使も悪魔も、翼は必要のないときはしまっていて、必要な時に出す。
私は、飛ぶのは得意じゃない。
何度も訓練をして、ある程度は飛べるようにはなったけど……
「さぁ、天使と悪魔で二人一組になって飛行訓練を行うぞ」
講師の言葉とともに、天使と悪魔の生徒たちがペアを組み始める。
「天使と悪魔で……ペア?」
私は、講師の言葉に思わず眉をひそめた。
悪魔と天使の合同授業の中でも、ここまで直接関わることはなかった。
もしかして、最近お互いの距離が縮まりつつあると講師たちが判断したから?
だからこそ、今回こうした授業を取り入れたのかもしれない。
それより、誰と組めば……
顎に手を当てて、そんな事を考えた時――
「リシェル」
横から、聞き慣れた低い声がした。
振り返ると、そこにはダリウスが立っていた。
不敵な笑みを浮かべながら、こちらをじっと見つめている。
「まだ相手決まってないか?」
「……決まってないけど」
なんだかその言い方にムッとしてしまう。
まるで、組む相手がいないみたいに言われてるみたいだから。
「じゃあ、俺と組めよ」
「へ? なんで私が」
当然のような言い方が、気に障る。
でも、さっき周りを見たら、私が話す悪魔の女の子たちは、もう相手が決まっているようだった。
他の組む相手なんて思いつかない。
でも、だからって……!
「だってお前、飛行訓練苦手だろ?」
なんでそれを!!
図星をつかれた私は、一瞬言葉を詰まらせた。
確かに、私は飛行速度や安定性で周りより劣る自覚はある。
でも、どうして悪魔の彼にそれを指摘されないといけないのよ!
しかも……さぞ自分は得意だと言いたげに!
「別に、あなたと組まなくても十分飛べるわよ!」
「そうか? 今日、結構風強いけど大丈夫か?」
ダリウスは肩をすくめながら、ふっと笑った。
その余裕たっぷりの態度。
まるで『下手なお前と飛べるのなんて、俺しかいないだろ』とでも言いたげだ。
悔しさで胸がカッと熱くなる。
ふと辺りを見ると、木々の葉が強く揺れているのが目に入った。
風……さっきより強くなってる?
不安が胸をよぎる。
「お前、風の流れに影響されやすいからな。前に飛んでいた時、微妙にバランス崩してただろ」
この前の飛行訓練のことね。
あの時はペアじゃなかったし、風もほとんど無かった。
それでも、ほんの少しバランスを崩したのを覚えてる。
でも、まさか、それをダリウスに見られていたなんて……
その事に、恥ずかしくなってしまう。
「そ、それは……」
「俺と組んどいた方が安全だと思うけど」
ダリウスは余裕の表情を崩さない。
悔しいけど、確かにダリウスは飛行も凄く安定しているし、強い風にも動じない。
私が知る中で、1番飛び方も綺麗だ。
ここで別の悪魔と組んだら、もっとやりづらい相手になると思う。
それなら、まだダリウスの方が――
「……仕方ないわね」
私は渋々、彼の提案を受け入れると、彼はニッと口角を上げた。
わざわざペアに誘ってくるだなんて、一体ダリウスは何を考えてるのかしら?
「よし、みんなペアは決まったな。試し飛びしているペアは、いったん降りてこい!」
講師の言葉とともに、飛んでいた生徒たちが次々と地上へ降りてくる。
「今から、ペアごとに指定の高度まで上がり、そこで模擬戦を行う!」
そんな講師の言葉に、私は「模擬戦……?」と驚いた。
「模擬戦といっても、攻撃をするわけじゃない。
相手の飛行能力を観察し、相手の動きに合わせながら高度やバランスを保つのが目的だ」
その言葉にホッとした私は、ダリウスに目をやる。
すると、自身に満ち溢れた表情が映った。
「じゃあ、始めるぞ!」
講師の声が響いた瞬間、ダリウスが口を開いた。
「行くぞ」
「分かってるわよ」
私達は他のペアと同じように上空へと飛び立った。
「しっかりついてこいよ」
「言われなくても……!」
そう言って必死でダリウスを追いかけるけど、全然追いつかない。
早っ……!
どうやったらそんなに早く飛べるのよ!
しばらくは順調だった。
ダリウスの飛行は驚くほど安定しているし、余計な動きが少ない。
それに対して、時々バランスを崩しそうになるも、なんとか落ち着いていた。
そんな中――
突然、強い突風が吹いた。
「っ!!」
私は反射的に翼を広げてバランスを取ろうとする。
けど、思った以上の風圧に、体勢を崩してしまった。
「きゃあぁっ――!!」




