思いだせないメロディ2
──ダリウスだ。
この学科では、最初に決められた席で1年間過ごす。
どうせなら、もっと大人しくて静かな悪魔であればよかった……!
そう思いながら私は、席に座ったダリウスを、ジトーっとした目で睨みつけた。
「なんだ? そんな熱い視線送って」
「だ、誰が!!」
そんなわけないでしょ!!
私は勢いよく席を立ち上がったけど、ちょうどその時、講師が教室に入ってくるのが見えた。
「……あっ」
私は観念したように奥歯を噛みしめ、ダリウスに半ば背を向けるようにして座り直す。
本当、最悪っ!!
…………
……
あんな奴のことなんて、もう考えたくもない。
そう思うのに、日中に交わしたダリウスとの会話が何度も蘇ってくる。
「はぁー……」
私は頭に手を当て、気持ちを切り替えようと深く息を吐いた。
ロウソクの炎が、ゆらりと揺れる。
寮の机に向かう私は、父から届いた手紙に再び視線を落とした。
『リシェルよ、学院での生活にはもう慣れたか?
共学初年度にして、悪魔が首席となった件は、世間でずいぶん騒ぎになっている。
お前がそのような環境に身を置いていることを、私は未だに認めたわけではない。だが、お前が学びを望むのならば、それを止めるつもりはない。
しかし、悪魔どもには十分に警戒しろ。決して彼らに気を許すんじゃないぞ。奴らは本当に何を考えているか分からん野蛮な生き物だからな。何かあればすぐに知らせるのだぞ』
「……何かあれば、か」
私は小さく息をつく。
学院が共学になって、1か月経った。
けど、天使と悪魔の間には、未だに見えない壁がある。
授業では、決められた座席があるから仕方なく隣に座るけど、食堂でも見えない境界線を作るかのように、天使と悪魔で分かれて座る。
そして、少し視線が合うだけで……すぐに言い争いが始まる。
こんな状態で、『本当に共学なんて意味があるんだろうか』と、いつも思う。
私は断言できる。
共存共栄を目指すための取り組みは、大失敗だったと!
こんなのが続けば、お父様の言う『何か』が起こるのなんて時間の問題だわ。
やっぱりあの時、入学を辞退した方がよかったのかな……?
そんな考えが頭をかすめた瞬間、ぶんぶんと頭を振った。
「ううん。そんなわけないわ!」
だって、どう考えても、家の為にも目標の為にも『アルカディア学院卒業』という肩書きは捨てられなかった。
ずっと憧れてきた、天帝セラフィエル様の補佐になるという目標の為に――
この学院に入る以外、選択肢なんてなかった。
普通の貴族なら、悪魔と共学であっても名門校卒業を優先するものだろう。
でも、私のお父様は、誰もが認める心配性。
なかなか子どもに恵まれず、ようやく授かった一人娘だって、メイドから聞いたことがある。
だから、もし『何か』あれば、本当に『退学』を言い渡される。
それだけは絶対に避けないと……!
「でも……私がどれだけ気をつけたって、避けられないことの方が多いのよね」
私は顎に手を当てて真剣に考える。
「そうだ。その時は、お父様には内緒にして……」
と、思ったのに、すぐに頭を抱えた。
「ああ、でもお父様は学院長と繋がってるんだったわ……」
そんなの、隠し通せるわけないじゃない。
「はぁー」
考えれば考えるほど、答えは出ない。
まるで、ぐるぐると同じ場所を回っているみたい。
少し気分を変えよう。
そうすれば、何か新しい考えが思いつくかも……
私はそう呟くと、ロウソクの火を吹き消し、静かに寮の扉を開けた。
庭に出ると夜風が頬を撫でた。
月の光に照らされた花たちが風に揺らされ、微かに私の元まで甘い香りを運んでくる。
その時――
どこからか口笛のようなものが聞こえてきた。
「……この歌……」
低く、ゆったりとしたメロディ。
どこか懐かしくて、切なくて……でも、思い出せそうにない。
まるでその歌に誘われるように、足が勝手に音のする方へと向かった。
夜の庭を進むうちに、月が隠れて辺りは暗くなくなった。
そして石造りのアーチの門をくぐると、雲間が出て、再び月明かりが庭を照らした。
その光の中心にいたのは、今日も言い合いをしてしまった――あの悪魔、ダリウス・ヴァルシオン。




