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『滅ぼしの子』
それは――天使と悪魔の間に生まれた、決して許されざる存在。
その子がこの世に生まれ落ちた時、
天界も、魔界も、そして人間界さえも滅びる――
そう語り継がれてきた、終末の伝承。
だから天使と悪魔は、必要以上に交わらず、距離を保って生きてきた。
万が一、その言い伝えを破る者が現れたなら――
長年、誰も足を踏み入れていない廃屋。
崩れかけた屋根の隙間から、冷たい風が吹き込み、埃を巻き上げる。
壁にはひびが入り、今にも崩れ落ちそうだ。
そんな暗闇の中、一つの火の光がふわりと灯っている。
その小さな炎は、私たちを照らし、揺れる影を壁に落とす。
歪んだ影は、まるでこの世界に二人しかいないと囁いているようだった。
ギシっとソファが軋む音を鳴らす。
仰向けになった私の上に、覆いかぶさる彼。
漆黒の翼が僅かに揺れ、赤い瞳がじっと私を見下ろしていた。
私はそんな彼に、そっと手を伸ばす。
「ダリ……愛しているわ」
私の言葉に、彼の瞳が僅かに細められる。
初めは、赤く燃えるような瞳が恐ろしく感じた。
でも、今は――
この黒い羽も、尖った牙も、全てが愛おしい。
まさか天使であるこの私が、悪魔を好きになるなんて……夢にも思わなかった……
「俺もだ」
低く、熱を帯びた声が落ちる。
「お前の、この白い肌も……」
滑るように指が首筋をなぞる。
「青い瞳も……」
囁くように言いながら、彼は私の銀の髪を手に取り、ゆっくりと指を絡める。
「輝くような銀の髪も……」
彼は、そのままキャミソールの紐に指をひっかけた。
紐をずらされると、細い肩が露わになった。
ダリウスの視線がそこに吸い寄せられるのを感じ、頬が熱を持つ。
「強がりなくせに……本当はこんなに繊細で……」
彼の指が、私の身体の曲線をなぞりながらゆっくりと降りていく。
触れられるたび、心臓が鼓動を早め、息が詰まりそうだった。
「……何もかも、愛してる……」
熱を帯びた低い声に、胸が締めつけられる。
その瞳に映るのは、ただ私だけ。
「ダリ……」
彼の指が、私のスカートの裾に辿り着き、ゆっくりとそれを捲り上げていく。
彼と触れ合っていると、いつも愛しさが心を満たす。
彼と触れ合うたび、すべてが溶け出しそうになる。
顔が近づき、唇が重なる。
彼の熱がそのまま伝わり、舌が絡みつくたびに思考は熱に溶かされていく。
「……んぅ……」
切なさと欲しさに、喉の奥から漏れる息。
唇が離れると、冷えた空気が現実を突きつけるようで、胸が痛んだ。
「ダリ……もっと……」
彼は苦笑しながら、私の髪をそっと撫でた。
「欲しがりだな」
穏やかな言葉に、心が少しだけ落ち着く。
だけど、不安は消えなかった。
彼は黒いシャツのボタンに指をかけ、ひとつずつ外していく。
整い過ぎている顔に、しなやかに鍛えられた肉体が、薄暗い灯りの下で浮かび上がる。
そんな様子に、目を奪われつつも、頭の端で思いを巡らせた。
この逃亡生活は、いつまで続けれるんだろう。
彼とこうして居られるのは、後どれくらい?
彼との時間が幸せであればあるほどに、いつ捕まってしまうのかと、不安でたまらなくなる。
「ずっと……ダリといたい……」
震える声に、自分の不安が滲んでしまう。
彼は優しく微笑んで、私の手を握りしめた。
「俺もだ……。世界を敵に回してでも、お前だけは離したくない」
その言葉がどれほど危うく、どれほど強い誓いか。胸が痛くなる。
二人の世界は、いつ崩れてもおかしくない。
だからこそ、この瞬間が愛おしくて、壊れそうだった。
愛おしさが胸の奥から込み上げ、思わず彼の首に腕を回し、そっと引き寄せた――その時。
カタリ。
遠くから微かに物音が聞こえた。
私たちは同時に薄暗いドアを振り向く。
彼は震えた声で言うと、「嘘だろ……」と呟き、絶望したような顔で顔を覆った。
「まさか……見つかったの?」
「……ああ。なんで今の今まで気付かなかったんだ!あれほどに頻繁に注意を払っていたのに!」
私は、彼の言動に息を呑んだ。
なぜなら、彼はごく一部の悪魔しか持たない『魔力を感じ取る能力』の持ち主だからだ。
その能力に間違いはない。
捕まったら、絶対に大変な事になる!
なら……
「早く!すぐ逃げなきゃ!」
完結まで書き終えたので、投稿を始めました(^^)/
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