08 動き出す復讐の順番
裏庭に出ると、午前と同じように静かだった。
昨日よりも魔力の感覚がはっきりしている。
(昨日は小さな火・風・水が出せた……なら)
今日はそれを “もう少しだけ強く” してみる。
胸の奥に意識を沈め、魔力を指先に流す。
昨日よりもスムーズに魔力が動く。
(よし……まずは火)
指先に熱をイメージする。
小さな炎がふっと灯った。昨日よりも自然に。
(いける……)
魔力量をほんの少し増やす。
――瞬間。
ボウッ!!
炎が手のひらサイズから、地面をなめるほど大きく膨れた。
「……っ!」
慌てて魔力を切ると、炎はすぐに消えた。
焦げた土の匂いだけが残る。
(……昨日の比じゃない。こんな急に変わるか?)
続いて風。
軽く手を振っただけで――
ザァッ!!
小さな木の葉まで巻き上げる強風が生まれた。
(ほんとに軽く触っただけだぞ……)
最後に水。
ぽたりと落ちる程度だった水が、
ぱしゃっ──
小さな水球になって空中で揺れた。
(全部……“出力”が上がってる)
混ざったわけじゃない。
昨日使えた魔法が、そのまま倍以上に強くなった。
急激な成長。
自分でも理由が分からない。
そのとき――視界に白い板が浮かぶ。
《不幸管理リスト》
【 朝倉隼人:6.6% 】
さらに下に新しい文字。
――《スキル:不幸管理》
――《レベル1→2》
――《制裁ロック:解除条件まで 68%》
(……レベルが上がった?)
思わず固まる。
魔法の成長と同じタイミングだ。
そして目に飛び込む“解除条件”。
(ロック解除まで……68%?)
(……まさか、これが“制裁”の条件なのか?)
ただの数字なのに、ゾクリとした。
魔法の成長と同じタイミングでレベルが上がったことを考えると――
(不幸度が……一定まで溜まったら、ロックが外れる?)
理屈なんて分からない。
でも直感だけは、妙に冷静に働く。
“あと68%で、何かが解放される”。
(解放……って、何が?)
名前は《制裁》。
穏やかなものじゃないのは分かる。
だけど、胸の奥でほんの少しだけ熱が高くなる。
(……強くなるほど、不幸度が上がる。
不幸度が上がるほど、ロックが外れる……)
まるで――
俺の成長に合わせて“復讐の舞台が勝手に整っていく”ような。
妙な実感があった。
そのとき、ふっと視界が揺れ、
幸薄い光とともに名簿が消える。
(……まだ、分からないことだらけだ)
でも――ひとつだけはっきりした。
(このスキル……ただ眺めるだけじゃ終わらせない)
そう心の中で呟いた瞬間、
裏庭に満ちていた魔力の余韻がゆっくり静まっていった。
焦げ跡を軽く靴でならし、深く息を吸う。
(……戻るか)
家の扉を開けると、いつもの匂いと温かい空気が降りてくる。
ライナの笑い声。
母の食器を洗う音。
父が椅子を動かす気配。
全部、ただの“日常”だ。
(……俺だけが変わってる)
胸の奥に小さなズレが残るまま、部屋に戻って椅子に腰を下ろした。
魔法のこと。
複属性のこと。
スキルのレベルアップ。
制裁ロックの解除条件――68%。
(これ……本気で、何なんだよ)
考えても答えは出ない。
ぼんやりと天井を見つめているうちに、
まぶたが少しずつ重くなっていった。
疲れているわけじゃない。
むしろ頭は妙に冴えているのに……意識だけが急速に沈んでいく。
(……寝るつもりなんて、なかったのに)
視界がふっと白く揺れた。
気づいたときには――
もう自分の部屋ではなかった。
硬い床。
湿った空気。
薄汚れたガラス窓。
(ここ……)
気づいたとき、また“あの教室”に立っていた。
(……夢だな)
机の列、湿った空気、蛍光灯のうなる音。
すべてが前の世界そのままだ。
そして――
教室の中央に、朝倉が座っていた。
ただ、今回は違った。
朝倉は普通に座っている。
苦しんでもいない。
気づいてもいない。
だけど。
その 背後にだけ、
黒い“影”のようなものが立っていた。
人型ではない。
煙でもない。
ただ、“不幸”だけでできているような気配。
(……なんだ、あれ)
気配は朝倉の肩に触れようとする。
けれど――触れない。
あと少し。
ほんの指先分だけ届かない。
その瞬間、白いプレートが視界に浮かぶ。
《不幸管理リスト》
【 朝倉隼人:6.6% → 6.7% 】
そして、新しい文字。
――《夢内:接触前兆》
――《実害:なし》
――《段階:0》
(……“前兆”)
つまり――
今はまだ、届かない。
影は朝倉に触れず、
ただ“すぐ後ろで揺れているだけ”。
だが。
近い。
あまりにも近すぎる。
「……ロックが外れたら、触れるってことか」
自分の声が小さく響いた。
朝倉は気づきもしない。
何事もない顔で机に向かっている。
でもその背中に、
影の指先がふるえている。
(こいつは……まだ序章なんだ)
夢が白くかすみ、影も朝倉も消えていく。
目を開けると、
自分の部屋の天井が見えた。
心臓が、
ゆっくりと静かに鳴っていた。
(主犯に触れるのは……最後でいい)
影が朝倉の背後で揺れたまま、教室が白くかすんでいく。
朝倉にはまだ届かない。
ロックが外れるその時まで――俺のスキルは“鍵”をくれない。
なら。
(……順番通り、ひとりずつ落としていけばいい)
名簿が静かに浮かぶ。
《不幸管理リスト》
朝倉隼人:6.7%
緒方圭吾:5.0%
日野優真:3.0%
──以下、取り巻き・加害者全員の名。
(こいつらは、朝倉の横で笑ってたやつらだ)
殴った。
蹴った。
笑った。
見て見ぬふりをした。
教室の空気を作り、俺を追い詰めた連中。
一番上の“ラスボス”に届かなくてもいい。
(まずは……周りからだ)
周りを削れば、中心は勝手に崩れる。
影が、名簿の下のひとつの名前へぬるりと形を変える。
まるでスキルが、
“最初の相手はこいつだ”
と告げているかのように。
夢が完全に溶け、視界が暗転する。
(……朝倉の周りから順番に壊す)
そう心で呟いた瞬間、
現実の寝台の上でゆっくりと目を開けた。
胸の奥に宿る暗い熱だけが、
静かに、確かに燃えていた。




