06 王都からの来訪者
朝食を終えて片付けようとしたところで、
父がこちらを呼んだ。
「ルークス。……魔力検査の結果が届いた」
少しだけ胸がざわつく。
「どんな結果だったの?」
父は真剣な顔で告げた。
「魔力量は非常に高いそうだ。それと……属性は“判定不能”。」
「判定不能って……悪いの?」
「悪くはない。
複数の属性に強く反応したため、担当者では判断できなかったらしい」
(複数……? そんなのありなのか)
まだ魔法を使ったことすらないのに、
異常だと言われても実感が湧かない。
父が言いにくそうに続ける。
「それでな……後日、検査機関の上役がこの家に来る。
“直接魔力を見たい”と申していた」
「……は?」
思わず声が漏れた。
(待ってくれ。
俺、魔法なんて一度も使ったことないんだが?)
どうやって見せろって言うんだ。
「見せるって……何を?」
「魔力を少し放出するだけでいいと聞いた。
無理なことはさせない。嫌なら断っても――」
「……いや、それは……断れないだろ」
ここで逃げたら、余計に面倒だ。
ただでさえ剣でうまくいってないのに。
父は静かにうなずいた。
「ルークス。剣を続けたいなら続ければいいし、
もし“剣は向いていない”と思うなら、無理にやらなくていい。
家の伝統に、お前を縛るつもりはない」
その言葉が、胸に刺さった。
(……優しさが、逆にしんどいんだよ)
だからこそ、自然と口が動く。
「……いや。剣も続ける。
向いてるかどうかじゃなくて……やりたいから」
父の表情がわずかに緩んだ。
「そうか。なら、お前の ペース でいい」
そこへ、元気な声が飛んでくる。
「お兄ちゃーん!! 魔法つかえるの!? 火? 水? 雷!? なに!?」
ライナが勢いよく飛びついてきた。
「まだ分からないって。使ったことない」
「えぇ〜〜〜! 上の人がくるんだよね!? そこで初めて? すごい!」
「すごくない。むしろ怖いんだけど」
「大丈夫だよ! お兄ちゃんなら天才なんだから!」
……この子の根拠のない自信、ちょっと羨ましい。
台所から母が顔を出した。
「ライナ!そんなに騒いじゃだめよ、お兄ちゃん困ってるじゃない。そうそう、クッキーも焼いてるから、あとで食べてね」
「うん。ありがと」
母のこういう自然な優しさは、
未だにどう受け取ればいいのか分からない。
ライナがまた腕を引っぱる。
「ねぇ、お兄ちゃん! 魔法の練習しよ!!」
「いや、やり方が分からないって。まず覚えてからな」
「えーっ、じゃあ遊ぶ!」
「遊ぶのはできる」
「やった!!」
ライナに引っ張られながら歩きつつ、
頭の中のざわつきはまったく消えなかった。
――“複数属性の判定不能”。
――上役が家まで来る。
――魔力を見せろと言われる。
(魔法なんて使ったことないのに……どうすればいいんだよ)
そう思った瞬間、
視界の端がかすかに光る。
《不幸管理リスト》。
名前が並び、数値が微かに揺れ……そして消えた。
(……復讐のために生まれ変わったんだ。
剣も、魔法も……全部使う)
心の奥で、ひそかに固く誓った。
ーーーーー
玄関の扉がノックされたのは、昼食を終えてすぐだった。
「アークライト家当主、アレク殿。
本日は魔法適性検査の件で伺った」
低い声が響く。
母が驚いた顔で台所から出てくる。
「えっ、来るのは明日じゃなかったんじゃ……」
父はわずかに眉を動かしただけで、落ち着いた声で返した。
「入ってくれ」
扉が開き、二人の男が姿を現した。
一人は長い外套を着た中年の男。鋭い眼光をしているが、威圧感より“観察者”の雰囲気が強い。
もう一人は若い補佐官のようで、書類の束を抱えていた。
「王都魔導研究局より派遣された、
魔導官セルジオ・ヴァルクだ」
父が小さく礼を返す。
「遠いところをすまない」
「大事なことなのでな。
……“判定不能”の少年が出たとなれば、放置はできん」
そう言って、セルジオと名乗った男は俺の方へ視線を向けた。
「君が、ルークス・アークライトだな」
「……はい」
喉が少しだけ鳴った。
まだ魔力を“使ったことがない”のに、こんな偉い人が来るなんて聞いていない。
(……まじかよ。なんでこんな大事みたいになってんだ)
ライナが俺の後ろからひょこっと顔を出す。
「お兄ちゃん、魔法見せるの!? すごいの!? 光るの!?」
「ライナ、落ち着きなさい」と母が小声で制したが、
本人はまったく落ち着いていなかった。
セルジオはそんな様子を一瞥し、俺に一歩近づく。
「恐れることはない。
ただ“魔力の流れ”を確かめるだけだ」
そう言って、俺の手の上に自分の手をかざした。
「軽く集中してみろ。力を外に押し出すイメージだ」
「……押し出す、ね」
正直、どうやるのか全然分からない。
だけど――
(せっかく適性があるんだ。やってみるしかないだろ)
目を閉じ、胸の奥に意識を向ける。
すると……
そこに“何かがある”のが分かった。
濃い、重い。
けど熱くて、静かで、よく分からない塊。
(……これが、魔力?)
ほんの少しだけ、それを指先へ押し出す。
その瞬間——
空気が震えた。
ドン、と家が揺れたわけじゃない。
光が弾けたわけでもない。
なのに、部屋の空気がわずかに“沈む”ような感覚が走った。
セルジオの目がわずかに見開かれた。
補佐官は小さく息を呑む。
父は黙ったまま俺を見つめ、
母は不安そうに口元に手を当てた。
ライナだけが「今のなに!?すごい!」とはしゃいでいる。
セルジオはゆっくりと手を離した。
「……この年齢で、この密度。
しかも属性の波長が掴めない。
やはり“判定不能”は本物か」
「それって……どういうことなんだ?」と父が問う。
セルジオは短く息を吐いた。
「通常、魔力には属性の核が一つ、もしくは二つ現れる。
だが彼の魔力は——複数の属性反応が重なり、
“混ざり合って”いるように見える」
「複数……?」と母が目を丸くする。
「ありふれた多属性ではない。
……核そのものの形が通常と異なる。
まるで魔力そのものが“別方向に進化している”ようだ」
言葉の意味は理解できない。
ただ、異常なのは分かった。
セルジオは父へ向き直った。
「アレク殿。
近日中に再度、正式な調査をしたい。
王都へ連れてきてもらう可能性もある」
「……分かった」
「今日はこれで失礼する。
ルークス君、協力に感謝する」
そう言うと、二人は静かに屋敷を離れていった。
残された俺は——
自分の手を見つめるしかできなかった。
(……今の、ほんとに俺の力なのか?)
ただ押し出しただけ。
それなのに空気が揺れた。
頭の奥がじんわりと熱くなっていく。
(判定不能? 複属性?)
意味なんてまだ分からない。
けれど——
(どう扱うかは……俺次第だ)
その思いだけが、静かに残った。




