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03 知らない日常

まぶしい光で目が覚めた。

窓から差し込む日差しが、布団の上を明るく照らしている。


昨日の出来事を思い出して、

胸の奥が少しだけ重くなる。

けれど、その感覚を抱えたまま起き上がった。


階段を降りると、

台所から母の声がした。


「ルークス、おはよう。ちょうどパンが焼けたところよ」


香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

思わず「おはよう」と返してしまった自分に、

少し驚く。

挨拶なんて、前の世界ではろくに口にしなかった。


椅子に座ると、

妹のライナが横からじっと見てきた。


「お兄ちゃん、今日もう元気?」


「まあ、昨日よりはな」


そう答えると、ライナは安心したように笑った。


その笑顔につられて、

ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


父のアレクも席に着いていた。

食事中はあまり喋らない人だが、

ふと俺の様子を見て、小さく頷いた。


それだけなのに、

胸がわずかにざわつく。


――朝から家族揃って食卓を囲む。

そんな当たり前の光景が、自分には新しかった。


食事を終えると、父が声をかけた。


「ルークス、今日は軽く体を動かすくらいにしておけ。

 稽古は明日からでいい」


「わかった」


それだけのやり取りなのに、

妙に落ち着かない気持ちになる。


心配されることに慣れていない。

ただそれだけなのに、胸の奥がうまく整理できない。


庭に出ると、ひんやりした風が頬に触れた。

家の裏には広めの空き地があって、

剣の素振りをするにはちょうどいい場所らしい。


木剣が置かれていた。

手に取る。

重さは、十歳の腕には少しだけ負担になる。


ひとまずゆっくり構えてみる。


……うまくいかない。


肩の高さが揃わない。

足の位置もしっくりこない。


(昨日倒れたせいか? それとも――)


そこまで考えて、思考を止めた。

深掘りするほどの材料が今はない。

ただ“なんとなくうまくいかない”という感覚だけが残った。


軽く素振りを数回してから、木剣を置いた。


そのとき、家の方から母が呼ぶ声がする。


「ルークス、お昼よ~!」


「ああ、今行く」


家に戻る途中、

ライナが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、剣やってたの? すごい!」


「まだ全然だよ」


そう答えると、ライナは「えへへ」と笑った。

たったそれだけのことで、

少しだけ心の重さが和らいだ気がした。


家族と過ごす生活。

まだ慣れないことばかりだが、

こうして一日が過ぎていく。


それでも――

胸の奥の暗いものは、どこにも消えていなかった。




ーーーーーーーーーー


昼食はスープと焼いた肉だった。

席に座ると、母が皿を置きながら言った。


「ルークス、スープ熱いから気をつけてね」


「うん」


気遣われるたびに、

返事が少し遅れる。

どう反応すれば正しいのか、まだ分からない。


ライナが隣で、

「これ、おいしいよ!」と嬉しそうに肉を指さした。


「そうか。じゃあ食べてみる」


自然と口元が緩む。

家でこういう空気になるのが、まだ不思議だった。


父は静かに食べていた。

けれど、ふと視線が合うと小さく頷いてくれた。

その一つの動作に、

胸の奥がまたざわつく。


(……慣れないな、本当に)


昼食後、片付けを手伝おうと皿を持ち上げると、

母が少し驚いた顔をした。


「あら、持ってきてくれるの?ありがとう」


「別に。暇だから」


素直に「やるよ」と言えず、

つい別の言い方になる。

それでも母は嬉しそうに微笑んだ。


洗い物を眺めていると、

ライナが袖を引っ張ってくる。


「お兄ちゃん、一緒に遊ぼ?」


「……少しだけな」


庭で木の枝を剣に見立てて遊ぶライナを見て、

自然と笑ってしまった。


「そこで構えてると当たるぞ」


「えっ、ほんと? じゃあこう?」


「ちがう、それだとバランス崩す」


気づけば体が勝手に動いていた。

ライナの姿勢を直しながら、

少しだけ胸の奥が軽くなる。


「お兄ちゃん、やっぱり剣うまいね!」


「まだまだだ」


自分の返事が想像より柔らかかったことに、

気づかないふりをした。


夕方になると、父が仕事から戻ってきた。

鎧の一部に土がついている。

今日も見回りをしていたらしい。


「ルークス、今日の体調はどうだ?」


「大丈夫」


「そうか。明日は軽く稽古するぞ。無理はさせん」


短い会話。

それだけなのに安心する自分がいる。


夜になり、

風呂から出たあと、母がタオルを渡してくれた。


「今日は少し顔色いいわね」


「……そう?」


「うん。よかった」


その“よかった”が、胸に刺さる。

刺さるのに、嫌ではなかった。


部屋に戻り、

ベッドに横になる。


異世界での生活は、驚くほど静かで温かい。

それが逆に落ち着かなくて、

何度も深く息を吐く。


(ここは……前の世界と違う)


それだけは確かだった。


でも、だからこそ――

前世で抱えたものは、

まだどこにも行かない。


家族の温かさを感じながらも、

胸の奥に沈んだものだけは動かない。

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