01 神が与えた二つの選択肢
暗闇だった。
落ちる感覚も、痛みも、冷たささえ消えている。
ただ、自分が“死んだ”という事実だけが、やけに鮮明だった。
呪いだけが、胸の奥にぽつりと残っている。
そんな静寂を、透き通った優しい声がそっと破った。
「……ようやく来たね、黒川理人。」
その声は驚くほど穏やかだった。
冬の朝、冷たい空気の中で差し込む光のような優しさ。
「……誰、だ。」
自分の声は震えていた。
息を吸った感覚もないのに、声だけが確かに存在している。
声は静かに答えた。
「君たちの世界では“神”と呼ばれる存在だよ。
けれど格式ばったものではない。
私はただ……君に呼ばれた者だ。」
「呼んだ……? 俺が?」
淡く微笑むような気配が、暗闇の向こうで揺れた。
「ああ。
君の最後の感情は……あまりにも強かった。
祈りも、悲しみも、絶望も、
そして――純粋な“恨み”も。」
暗闇がじんわりと脈打つ。
「強い感情は、ときに私たちの領域へ届くんだ。
君の声は、誰よりも深く、真っ直ぐに届いた。」
責めない声だった。
哀れむでもなく、驚くでもなく――ただ寄り添う声。
初めての感触だった。
神はそっと言葉を落とす。
「理人。
君は……本当によく耐えたね。」
胸が痛んだ。
その言葉だけで、簡単に崩れそうになった。
「殴られて、蹴られて、笑われて。
誰かに助けを求めても、
その声すら踏みにじられた。」
暗闇の中で理人の喉が震えた。
言葉にならない痛みが、じわりと溢れてくる。
神は静かに続けた。
「君は悪くなかったよ、理人。」
その瞬間、堰が切れた。
誰にも言ってもらえなかった言葉だった。
誰にも届かなかった声だった。
なのに、この透明な声は一瞬でそこを突いてきた。
「……俺……っ……」
声と一緒に涙が零れ落ちた気がした。
身体の感覚なんてないはずなのに、確かに涙が零れた。
「怖かったんだよな、理人。」
「…………」
「痛かったよね。」
「…………っ」
「理不尽だった。」
涙が止まらなかった。
泣くことすら忘れていたのに。
「……助けて……ほしかった……」
「俺……何が……悪かった……?」
「どうして……誰も……」
震えながら吐き出すその言葉すべてを、
神様は否定しなかった。
ただ、静かに、優しく言った。
「理人。
君は、何も悪くない。」
その声は、これまでの人生のすべての痛みを
そっと撫でるような温かさだった。
神はゆっくりと言葉を続けた。
「理人。
君には、選択肢が二つある。」
光が暗闇の奥でふわりと揺れた。
「ひとつは……別の世界で、穏やかに生き直す道。
もう誰にも傷つけられない人生を送ることができる。」
優しい声だった。
それは救いそのものだった。
だが、理人はゆっくりと息を吐くように尋ねた。
「……もうひとつは……?」
神はほんの少しだけ、悲しげに揺れた声で答えた。
「君を傷つけた者たちへ、“因果”を返す道だ。」
因果――。
「理人が望むなら、
加害者たちの“人生の破滅”を視る力を授けよう。
君が歩み、強くなるほど、
彼らの不幸は形となって現れる。」
静かなのに、残酷なほど真実味を帯びた声。
理人は涙を拭うこともなく、
ゆっくりと、確かに言葉を落とした。
「……俺は……」
神は遮らず、ただ待っていた。
「……あいつらを……壊したい。」
言葉に迷いはなかった。
涙は乾かないのに、
その奥底にある感情は黒く、濁りなく、純粋だった。
神は静かな声で言う。
「理人。
君の願いを否定しない。
それほどまでに君は追い詰められ、
誰からも守られなかった。」
温かい光が理人の胸へと触れた。
優しいのに、確かな“呪いの輝き”を宿した光。
「これは、“因果刻印”。
君の望みに応じて働き、
君の成長とともに、
加害者たちの不幸を確かな形へと変える力だ。」
神は最後に、祈るように告げた。
「どうか、理人。
君の行く先に……いつか救いがありますように。」
その言葉が胸に染みた瞬間、
世界が大きく揺れた。
光が爆ぜ、暗闇が割れ、
理人の意識はどこかへと引きずり込まれていく。
――目を開けたら、そこは。




