千咲と果苗の日常2
6月17日。私たちは登校した。今日は選択授業がないが、いよいよ再戦まで2週間を切った。難しいことはお母さんたちに丸投げし、私はザック。果苗はマテウスとより親密な関係を築けたらそれでよかった。それだけ彼らと疎遠になってからの2年間が長すぎた。でも今年は雨上がりが蒸さないし梅雨をダルく感じない。もちろん名古屋の夏はバケモンだから楽観は禁物だが、前回よりはやれると思う。今回はノラがいるから私たちがバロンとベタベタしないからだ。適度な距離感さえ掴めれば勝てるような甘い相手じゃないが、私たちは身長が伸びたから14歳くらいの戦いができる。前回だってきっと12月歳くらいやれたはずだわ。身長差が30センチと25センチはかなり違うからね。「お母さんたちはアルノたちと比べてもそん色ないサイズ感だわ」「あとは私たち次第ね」まるで気の抜けたサイダーみたいな梅雨が私たちを強気にさせた。確か一昨年は酷暑で7月がバッカみたいにキツかった。だから私たちが尻すぼみになったのは酷暑のせいよ。「お母さんたちは単純にバロンに力負けした説に固執してるわ」「いや多分違うわね」7月に名古屋の気温がバッカみたいに上がったからからだが順応しなかった。私たちは土日祝が休みだが、朝から晩までパソコンの前でボーッとしていたのを鮮明に思い出せる。「あの頃は[ノベルバ]に小説投稿してたよね」「うん。だからハッキリ思い出せるわ」当時は自身の特異な実体験を小説に書いてみたかった。私は[聖母たちのアヴァンチュール]。果苗は[目覚めし仏蘭西人形たち]というタイトルで小説投稿を始めた。だがリタイヤしてから徐々に熱が冷め、今は小説投稿をしていない。投稿が尻すぼみになったのはリメイクしたからだ。7月の前半にいきなり筆が止まって全く書けなくなり、酷暑にからだが慣れてきた後半にリメイクした。何とか最後まで書き上げたが9月以降は書けなくなった。「対戦中に書かないとダメね」「秋以降は全然ダメだったわ」もちろんリタイヤしたからモヤモヤしてた。お母さんたちは体調を崩したが私たちは平気だった。かと言って私たちだけの参戦はあり得ず、異世界の殿方に蹴散らされちゃうし、冬まで持つとは思えない。だが今や私たちは中学生と間違われるまでに成長し、自信を深めた。ミニバスの授業で私はドリブルで切り込むポイントガード。果苗はビッグマン。つまりゴール下で番人を務めた。私たちはフェイダウェイを練習するが、アレは失敗するとずっとブリッヂみたいな体勢を強いられるのがダルい。スクープショットも練習したが、やはりレイアップの方が確実に決められる。6月中旬でもさほど蒸さないし、前回より楽そう。アルカトラズからの脱獄と比較されるほど梅雨時期からの参戦は無謀だと言われたが、そう思わなかった。その男性エージェントはたまたま出くわしただけだが、私たちを本気で心配してくれた。この人はゴールデンウィーク中に熱中症で倒れた実績の持ち主。「名古屋はケニアだ」私たちは笑った。「いやデボン紀だ」私たちはケラケラ笑った。いやマジで受けるんですけど。「名古屋はガッデムだ」彼はうめいた。「僕は気づいたよ」「ついに?」「ああ。名古屋がガッデムであることに」いやとっくにみんな気づいてるわ。あのバカ臭い新市長と河村ひろし以外はね。向こうは梅雨がなくて空気が乾燥してるからカラッとしてる。真夏でも西日本くらいだから32度から33度。日差しが強くないし、訓練も対戦も現地時間17時から1時間程度。「だから6月から始まる汗臭い女の子の現代ドラマが成り立つのよ」「異世界が舞台でないと成り立ち得ない物語だよね」私たちは避暑を兼ねた婚活を楽しむ気マンマン。「小難しいことはお母さんたちに全部丸投げしとけばいいわ」「しかも今回からノラが同伴するから心強いわ」私たちは軽井沢へ避暑するような気分でいた。帰宅した私たちは事務所に行き、更衣室で白のセーラーとレモンのミニに着替えた。事務員のみ水色。期待した男性エージェントは来なかったが、運送業者のお兄ちゃんが来た。「異世界の制服はリアルとどう違うの?」「そうね。純聖騎士団しか身にまとえないわ」「純聖騎士団!?」「もうすぐ私たちの物語が始まるのよ」彼はキツネにつままれたような顔をして帰った。私たちは[時の間]で魔王さまへの臣従の儀式を行った。わ私がラモスさま。果苗がロデオさま。私たちは片ひざをついたまま近況報告を始めた。「最近よくザックの夢を見ることが増えました」「私はマテウスの夢を見ることが増えました」それが済むや私たちは羞恥と正義に満ち溢れた。交代でノラの面倒を見たり事務所の掃除や整理整頓に明け暮れた。帰宅した私たちはカカシになりきるレッスンを始めた。左右両足均等に鍛えないとバロンに食われちゃうわ。最後にヨガのエクササイズをこなし、私たちは床に就いた。