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「エレナちゃん、こっちの飾り、もう少し上でもいいかな?」
教室の窓際で、紙花の飾り付けに追われるエレナに、級友が声をかける。
「はい、了解です。えっと……これくらいですか?」
「うん、ばっちり!ありがと~!」
ガルディアン・デクラーの本大会まで、あと数日。
騎士達が主役の体育祭だが、大会に出場しない生徒達もスポーツ観戦のように楽しみにしている。学園はお祭りムードに染まり、普段は静かな廊下にもざわめきが絶えない。
クラスの出し物はカフェ風の喫茶店。
エレナは裏方で準備を手伝っていた。
目立たない役回り。
でも、それが今の彼女にはちょうどよかった。
(誰にも期待されない場所のほうが、気楽でいられる。)
けれど、その気楽さの裏で、ひりひりと疼くような感情があった。
「……あれ、エレナ?」
振り向くと、廊下の向こうからマティアスが手を振っていた。
ニカっと笑うと見える白い歯。
白いシャツの袖をまくり、腕に抱えた段ボールには「紅茶セット」の文字。
「お疲れ!何してるんだ?」
「飾り付け。大会の準備、手伝ってて。」
「そっか!偉いなぁ。じゃあ、俺も手伝ってもいいか?」
「え、でも……」
「いいだろ?たまには。俺、こういう作業、意外と好きなんだ。」
マティアスは笑って、段ボールを脇に置くと、エレナの隣にしゃがみこんだ。
「これ、どうするんだ?」
「えっと……この台紙に花をくっつけて……」
マティアスの距離感が近くて、作業を教えるエレナの声が少し震える。
(そうだ、彼はこういうキャラだった――)
自然に距離を詰めてくる、ゲーム内での彼と同じ空気。
けれど、それが自分だけに向けられているものじゃないと、エレナはわかっていた。
(……彼はそういうキャラクターなんだ。誰にでも優しくて、博愛主義で……)
(特別なことじゃない。勘違い、しちゃだめ。緊張するな、自分!落ち着け!マティアスは誰にでも優しいんだから…私なんかに特別扱いするはずないから。)
「エレナって、なんか他のやつとは違う感じするよな。」
「……そうかな?」
「うん。あんまり自分のこと話さないけど……心の奥に、ちゃんと芯があるって感じ。独特なオーラがあるし。」
「……そんなふうに見える?」
「俺には、そう見えるな。」
マティアスに顔を覗き込まれ、思わず自分の頬を触れる。
熱が込められてないか、顔が赤くなってないかを咄嗟に確認したのだ。
柔らかな声が、胸に静かにしみ込んでくる。
でも、どこか遠くに感じるのは、きっと彼の笑顔が誰にでも向けられるものだから。
クラスメイトや親しい人に対する言葉じゃない。だって、貴方もゲームの攻略対象なんだから。
そう言い聞かせていた瞬間。
「……何してんの?」
背後から低く落ちてきた声に、エレナは反射的に立ち上がった。
「ル、ルイ……?」
そこには、資材の入った段ボールを抱えたルイが立っていた。
眉間にしわを寄せ、表情は硬い。
「飾り付け、手伝ってもらってて……」
「ふぅん、そう……楽しそうだな、王子様と一緒で夢見心地か?」
「え、いや、そんな……!」
ルイの目が、ちらりとマティアスとエレナの手元を見た。
ほんの一瞬、それだけなのに、胸がぎゅっと締め付けられる。
「おいおい、そんなこと言うなよ。ルイ。俺が手伝いたくてエレナはそれに応えただけだよ。」
マティアスがエレナを庇うと、ルイの眉間の皺がさらに深くなった。
「……俺、向こう手伝ってくるわ。じゃあな。」
「ルイ!」
呼び止める声は届かず、彼は踵を返して去っていった。
ルイのその顔が、どこか見たことのない表情で、少しだけ、怖かった。
エレナは、何も言えず、何もできずにその背中を見送るしかなかった。
その夜、ルイは寮の部屋でぼんやりと窓を眺めていた。
(あいつ、また……)
マティアスの隣にいたエレナ。
なんだか、距離が近くて、最近は自分には距離を置いてるくせにとモヤモヤした。
なんで、こんなにモヤモヤするのか。
(……俺が幼なじみだから?)
(それとも、もっと――)
「……ほんっと、わかんねぇよ。」
気づけば、少し前に撮った写真を取り出していた。
エレナが撮りたいと言って撮った写真。
今も、大事にしまってある。
指で写真の上をなぞりながら、心の中で問いかけていた。
(踏み込めないくせに、失うのは怖いなんて……俺、ずるいよな。)
写真の彼女は自分があげたヘアアクセサリーをつけている。
でも、彼女はもう、それをつけていない。
(もう、あれも、なかったことにしたいのか?)
ルイの中で、言葉にできない感情がぐるぐると回っていた。
(……だったら、俺は、どうすればいいんだよ。)
一方、エレナもまた、部屋の片隅で手を握りしめていた。
(……ルイ、怒ってた。)
自分でも気づいている。
ルイのことを、誰より気にしてしまう自分に。
(どうして……こんなに苦しいんだろう。)
そっと髪に手を伸ばす。
(これをつけたら、期待してしまいそうで……怖い。)
今日も、あのヘアアクセサリーは、手に取れないまま、1日が終わる。
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