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閲覧ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

「フィリップ、例の書類持ってきたよ。」


学園の中央棟の資料室。

サロンの業務で訪れたエレナは、偶然そこにいたフィリップと再会した。

留学生の彼は、こうして学園でも時折会えることがあるのだ。


「ありがとう、エレナ。やっぱり君は仕事が早いな。流石、学園で優秀だと評価されるだけあるね。」


どこか軽やかで冗談めいた調子。

でも、その目は一瞬だけ真剣に彼女を見つめる。

フィリップの書類を受け取る手がぴたりと止まる。


「……また会ったね。君とは、よく縁があるのかもね。」


「……そうなのかな?」


返事をしながら、エレナはふと感じていた。


(この人、なんだろう。あの日も、なんだか全てを知ってるみたいだった。)


どこか懐かしく、でも警戒心のない落ち着いた空気を纏う彼は、ゲームの攻略対象というには、どこか浮いていた。


「学園生活、どうだい? もう慣れた?」


「……まあ、なんとか。」


「そっか……君は、今の場所にちゃんと馴染めてる?」


その問いかけは、何気ないようでいて、まるで私の本当の状況を見透かしているようだった。


「……さあ、どうだろうね。私は、あくまでモブなので。」


最後の言葉はあくまで小声で呟いた。

自嘲気味に笑ったその言葉に、フィリップは微かに眉をひそめた。


「君は、今でも自分のことを脇役だと思ってるの?」


「ええ、現にそうだし。事実だもん。」


「でも、脇役でも物語を動かすことはできる。むしろ、動かすのはいつも、中心にいない人たちさ。」


「……え?」


「たとえば、誰かの何気ない言葉が、運命を変えることだってある。君の存在が、既に誰かの心を動かしているとしたら?」


意味深な笑みを浮かべる彼に、エレナは一瞬だけ息をのんだ。


(……なんでそんなことを言えるの?)


(私もなんでそんなことを言われただけで、こんなに心が揺れるの?)


自分の弱さを知られた気がして、余計に怖かった。


「そろそろ、時間だ。またね、エレナ。君との話は、またの機会に取っておくよ。」


軽く手を振って、フィリップは資料を手に去っていった。

フィリップが去っても、心のざわめきは消えずに残り続け、エレナはしばらくの間、その場に立ち尽くした。



その日、ルイは図書館にいた。

ぼんやりとした気持ちのまま、教本を開いては閉じる作業を繰り返していた。


気がつけば、エレナのことばかり考えている。


(学園に入ってからのエレナ……やはり、どこか俺と距離取ってる気がする。)


明らかに前より少し話す機会が減った。

笑顔も減ったし、こっちを避けてるようにさえ思える時がある。


(……やっぱり、もう俺なんか、見られてないのかもしれない。)


ふと脳裏をよぎるのは、あのレオンとの会話。

そして、今日建物の窓から偶然見かけてしまったフィリップとの並び。


(誰かと話してるときの、あの顔……今の俺には向けられたことない気がした。)


柔らかな空気。何かを警戒しているようでもない安心したような、最近俺に見せるものと違う表情。


(アクセサリーもつけなくなって、距離も遠くなって……俺って何なんだろう。)


そしてまた思う。


(好きなやつができた? ……前にそう思ったとき、そうじゃない方がマシだって思ったのに。)


(……でも、やっぱり。そっちのほうが、よっぽど納得できる。そっちのほうが……まだ楽だ。)


彼の中で、同じような考えが、形を変えながら、繰り返し回り続ける。


ページをめくっても、内容なんて頭に入ってこない。指先がページの端をなぞるだけで、落ち着かない自分に苛立った。


図書館の時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。


(俺……どうしたいんだろうな。)


ページをめくる手が止まり、机に置かれた指が小さく震えているのに気づいた。


触れたい、隣にいたい。

でも、これ以上、踏み込んだら壊れそうで、言葉にできない。


それでも、エレナの中で自分の存在が消えていく気がして、怖かった。


……こんなに、脆い自分がいたなんて。

ルイは自分に呆れるように静かに嘲笑した。



エレナの部屋。


フィリップの言葉が頭から離れなかった。


(“君の存在が誰かの心を動かしているとしたら?”……なんで、そんなこと。ありえるわけないのに。)


ルイの視線。レオンのやさしさ。

そして、今日のフィリップの言葉――


どれもが、自分を“ただの脇役”じゃないと告げてくる。


(でも、信じられない。だって……)


前世の記憶が私の期待がどれだけ夢物語かを訴えてくる。

過去に何度も、「好きかもしれない」と期待しては自分の勘違いだった経験。

本気になって勝手に裏切られた気になって、また、期待して傷ついて。


(だったら最初から、期待しなければいい。)


そう思っていたはずなのに。


今はもう、ルイの何気ないひと言に、心が揺れる。


(……ずるいな、ルイ。)


自分にとって、彼は“特別”で、

でもその特別が、私が思い描いている彼の何もかもが、もし、また、自分の気のせいだったとしたら。


(これをつけたら、少しだけ昔に戻れるかもしれない……)


(でも、やっぱりダメだ。怖い。)


鏡の中の自分を見つめて、そっと髪に触れる。

でも、指先がその重みを思い出すたびに、また胸が苦しくなる。

そんな思いを振り払うように、そっと箱にしまった。


……だから、今日も、このヘアアクセサリーは、つけられない。

お読みいただきありがとうございます。

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