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最後までお付き合いいただければ幸いです。
「エレナさん、次のスイートポテトの仕込み、お願いできますか?」
「はい、任せてください!」
文化祭を間近に控えたリュミエール学園は、活気に満ちていた。
1年生は出店の屋台。2・3年生は喫茶を担当。
エレナはもちろん、エリゼアンのチームに所属している1年の中核メンバーとして、メニュー開発にも参加していた。
(……楽しいはずなんだけど。)
スイートポテトの生地を練りながら、エレナはふと手を止めた。
(モブとしてちゃんと振る舞ってるはずなのに、なんでこんなに……苦しいの?)
あの休日でのやり取りから、ルイはまるで何事もなかったかのように接してきた。
以前のように、おでこを軽くつついてきたり、冗談を言ってからかってきたり。
でも、その普通が、逆に、痛かった。
私たちは、何かを乗り越えたわけじゃない。
お互い、話せてないことを抱えたまま、ただ元に戻ったふりをしているだけ。
(……もしかして、ルイも割り切ったのかな。)
それが一番怖かった。
彼の中でも、私がただの幼なじみに戻ってしまったのだとしたら――
私自身がそう願って行動しているはずなのに。
「おーい、エレナ! それ焦げてる!」
「わっ、ほんとだ!ごめんなさい!」
「いや、いいけどさ。あんま考え事するなよ?」
声をかけてくれたのは、サロンの同僚でクラスメイトでもあるリオ。
お調子者で誰にでもフレンドリーな彼は、最近ちょくちょくエレナに話しかけてくるようになっていた。
「エレナってさ、結構努力家なんだなー。ちょっと意外だった。」
「えっ……意外?」
「だって、いつも笑っててフワフワしてそうに見えたから。テキパキ仕事してる時とのギャップやばいよ。」
「ええっ、それって褒めてるの?」
「もちろん!」
軽口を交わす中、ふと屋台の奥で準備をしているルイの視線を感じた。
見ると、ルイが食材を持ったまま、こっちを見ていた。
でも、目が合った瞬間、彼は何も言わず、すっと視線を逸らして作業を始めていた。
(……今、絶対見てたよね?)
私が誰かと笑っているのを見て、ルイは何を思ったんだろう。
胸の奥がざわついた。
一方そのころ、ルイはさつまいもの入った段ボールを取りに倉庫に向かっていた。
「……あー、なんか、ムカつく。」
誰に? 何に? と聞かれても、うまく答えられなかった。
ただ、エレナが、他の男と笑ってるのが、どうしようもなくムカついた。
(俺の前では、最近まともに笑わなかったくせに。)
なんで。
なんで俺のときは、ぎこちない顔するのに。
他のやつには、あんなに無防備な顔を見せられるんだよ。
(好きなやつができたって言ってくれた方が、マシだったのかもな……)
認めたくない。
でも、この胸の中のざわつきは、きっと“そういうこと”なんだと思う。
「……なんだよこれ、俺。」
自分が、こんなにも不器用だったなんて。
自分が、こんなにも臆病だったなんて。
思い知るだけの日々が、続いていた。
文化祭前日。
「美味そうだな。」
「あ!よかったら試食してってよ。」
「いいのか?」
作業をしながら受け答えをし、試作した新作スイートポテトを差し出すと、試食に来ていたのはレオンだった。
「うん!もちろん……って、レオン!?」
「お疲れ様、頑張ってるな。」
「う、うん!ありがとう。あ!試食だよね。よ、よかったらどうぞ!甘いの苦手じゃなければ……」
「……甘いの、苦手じゃない。むしろ、好きだ。」
好きだ、に思わず過剰反応してしまう。
私に言われたわけじゃないのに、と、どきどきしながら手渡すと、レオンはひと口食べて、静かに頷いた。
「……うまい。」
「っ、ありがとう!」
レオンの口から、うまいという言葉が聞けたのが、なぜかすごく嬉しかった。
前世では手作りのお菓子をヒロインが攻略対象に渡すイベントで何度も聞いた“セリフ”だけど、今は、目の前で、それを言ってくれた。
リアルスチルに内心悶えていると、その背後から声がした。
「こんにちは、何してるの?」
「ル、ルイ!?いつの間に……!」
「……で、その顔、なんで赤いの?」
「な、なんでもないよ!」
「ふーん……そう。」
ルイの声が、いつもより少し低くて、胸が詰まる。
私が推しにドキドキしてるなんて、気づかれたくなかったのに。
作業に戻るべく、そのまま歩き去ったルイの背中を、エレナは見送った。
何を思っているのか、もう、分からない。
レオンは不思議そうにエレナとルイを交互に見ていた。
文化祭当日、スイートポテトと合わせて、屋台用に作った芋けんぴの試作が予想以上に大当たりし、エリゼアン1年の屋台は行列ができるほどの大盛況となった。
前世の記憶を元に提案したものが想像以上に受けたのだ。
「エレナさん、ナイスアイデアでしたね!」
「いえいえ、みんなのおかげです!」
笑顔の中で、ふと視線を感じて振り向く。
ルイが、遠くからこちらを見ていた。
群衆の中で、誰とも言葉を交わさず、ただ、じっと。
そして、不意に、ふっと得意げに笑うルイが何だかおかしくて、私はつられて笑ってしまった。
私が褒められて何でルイが得意げなの、と少しの間、笑いが止まらなくなってしまった。
なんだか、こうして少しでも解けた瞬間は久しぶりだと感じた。
(ねぇルイ。あなたの心の中も、今の私と同じくらい、迷子になってる?)
私たちは、昔みたいに“隣”にいるはずだった。
でも今は、互いに一歩踏み出せず、踏み込めず、変な距離ができてしまっている。
――どうして、こんなに難しいんだろう。
自分でも何がしたいのかもうわからなくなっていた。
本音を言えば、ただ、もう一度だけ、彼と笑い合いたいだけなのに。
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