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その日は、どうしても気が晴れなかった。
ルイのこと。
ヘアアクセサリーのこと。
そして、あのひと言――「好きなやつでもできたのかよ。」
(……できるわけ、ないのに。)
そう思っても、どこか胸に引っかかっていた。
その声が寂しそうだったから。
でも、私のこの気持ちは“あっちゃいけない恋”で、叶うはずのないものだと、知っている。
だから私はこんなどうしょうもない状況を忘れたくて、少し気分転換をしようと思った。
久しぶりに街に出て、気ままにカフェを巡ってみることにした。
その店は、サロン・エリゼアンほど格式はないけれど、落ち着いた雰囲気のある、居心地の良いカフェだった。
「おや、ひとりかい?」
メニューと睨めっこをしていると、声をかけられた。
声をかけてきたのは、見慣れない青年だった。
色素の薄い髪に、茶目っ気のある微笑。
年齢は私と同じくらいだろうか。
でも、どこか大人びた余裕があった。
「え、あ、はい……」
「ごめん、驚かせちゃったね。すごく悩んでる顔してたから、思わず。」
「そ、そんなことないです!」
反射的に否定したけど、たぶんバレてる。
この人、観察眼が鋭そう。いや、私が分かりやすすぎるのかな……というか、誰?
私服だからどこの学園の人かもわからない。
「僕は、フィリップ。クレプシア国から来た留学生だよ。」
名乗られた瞬間、私はその名前に聞き覚えがあることに気づいた。
(……え、まさか、この人……!)
前世でプレイした乙女ゲームの隠しキャラ!
ルートに乗るのが難しくて、攻略情報も少なかった、あの幻の王子様。
「えっ、あの、えっ!?あの、えーと……」
「ん?どうかした?」
混乱する私に、フィリップはくすっと笑った。
「大丈夫。変なことはしないよ。ただ、話し相手になってくれたら嬉しいな。」
(な、なんでこんなに優しくて、落ち着いてて、しかも顔が良いんだこの人!?)
レオンとはまた違うタイプのイケメン。
なんというか……王子様なのに、フレンドリーで、気さく。
(しかも、隠しキャラってことは、ヒロインが攻略しなければ、イベント発生しない!)
つまり、モブの私が関わっても問題ないかもしれない?
その可能性が、少しだけ、嬉しかった。
「……じゃあ、ちょっとだけ。」
そう言って向かい合った席に座ったとき、私の背後でカラン、と音がした。
「……エレナ?」
振り返ると、そこにはルイがいた。
目を見開き、手には落としたらしいキャンディの包み。
たまたま入った店がここだったのか、それともーー
彼の視線が、私とフィリップの間を往復する。
そして、ぎこちなく口を開いた。
「なんだ、偶然だな。……その人、誰?」
その声には、いつもより低いトーンが混じっていた。
「えっと……クレプシアの留学生で、たまたま話してただけで――」
「ああ、なるほど……たまたま二人でカフェに、ねえ?」
その言い方に、私は一瞬言葉を失った。
「ルイ、そんな言い方しなくても……!」
「俺が心配してるだけだよ。ほら、あんまり知らない人と……」
「知らない人って……」
「やぁ、なんか空気悪くしちゃった? ごめんね、僕はそろそろ失礼するよ。」
フィリップは爽やかな笑顔のまま立ち上がった。
そして小声で、私にだけ聞こえるように言った。
「確か、彼、君の“幼なじみ”なんだよね?……ふふ、なるほど。」
「……え?」
「また会おうね、エレナ……君のこと、もっと知りたいから。」
そう言ってフィリップは、軽く手を振ってカフェを出ていった。
何で、フィリップがルイと私が幼なじみって知ってるの?
フィリップのその言葉が、私の胸に波紋を広げていくようだった。
そんな疑問を残し、私は、ルイとふたりきり。
彼は、テーブルの上に視線を落とした。
「……なんかさ。最近、お前の周りに、男、多くね?」
「……は?」
「いや、なんでもない。せっかくだし、ここでお茶してく。相席してもいいだろ?」
そう言って目の前に座る彼はどこか不機嫌そうで、胸をぎゅっと締め付けた。
ルイは相席しながらも、無意識に指先でカップをなぞっていた。
その仕草が落ち着かない様子を隠しているみたいで、私は息が詰まるような思いだった。
(ルイ……今のは、ヤキモチ?でも、なんで?)
私は、“ヒロイン”じゃない。
だから、彼にそんな感情を抱かれる資格なんて、あるはずないのに。
こんなの、望んじゃいけないのに。
どれだけ頭でわかっていても、心はずるくて、ルイを想う気持ちを手放してくれなかった。
目の前のルイを見て、少しだけ期待に、心が跳ねた。
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