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アナザーストーリー〜ルイ編〜

閲覧ありがとうございます。

乙女ゲームの原作にあったルイとエミリエの出会いから現在に至るまでのルイ編です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

澄みわたる夏空の下、石造りの教会から鳴り響く鐘の音が、晴れやかに街の空気を震わせていた。

ルイは胸元のタイを軽く直しながら、礼服の肩についた花びらを指で払い落とす。

――今日は、エミリエの結婚式。


白いドレスを身に纏った彼女は、まるで絵本の中から抜け出してきたように美しく、どこか幼い頃の面影を残していた。けれどその笑顔には、もう昔のような迷いはなかった。


祭壇前、新郎である男性の横に立ったエミリエは、そっと彼の手を握る。

微笑みながら見上げるその仕草は、誰が見ても幸せそうで、そして彼女の願いが叶ったことを静かに物語っていた。


柔らかな陽光の中で、エミリエが見せたその笑顔はあの夜に見た泣き顔とは対照的だった。


――遠い昔の夜。

ルイはまだ幼く、誰かを救えるような力なんてなかった。

ただ目の前で泣いていた少女に、言葉をかけることしかできなかった。


かつての記憶を思い出しながら、エミリエの隣ではにかんでいる新郎にそっと視線を移す。


(……先生、か。)


声には出さず、ルイは胸の奥でだけ呟いた。

エミリエの想いを、在学中からなんとなく知っていた。

卒業してからも、彼女がふと見せる表情や、どこか空いた時間を使ってはサロンで作る試作品――それが誰に向けられているのか、ルイは薄々察していた。


でもそれは、在学中から長い間、誰にも明かされることのない、静かな恋だった。


エミリエとの出会いは、幼い頃のたった一晩。

エミリエの両親が離婚し、離れ離れになる前夜。

街を飛び出して家出をしたというエミリエに、ルイは夜の公園で出会った。

泣き声につられて辿り着いたルイはエミリエの話を隣に座り、聞き始めた。


「きっと、パパとママは……私のこと、嫌いになったんだ。」


しゃがみ込みながら、ぽつりとこぼしたその言葉に、ルイは胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。


「……だって、私、いい子じゃなかったもん。」


「関係ない。家族が離れ離れになることは寂しいけれど、それを全部自分のせいにするなよ。」


そう言った時、彼女は少し驚いたように目を見開いてから、涙を浮かべたまま、少し笑った。


その時に、夜空にきらりと星が流れた。


「あっ!流れ星だ!隣の女の子が世界一幸せになれますように!ほら、オマエもなんか願いごとしろよ!」


ルイは咄嗟にそう願った。

すると、エミリエも慌ててそれに続く。


「じゃあ、私は君の幸せを願うよ。」


「俺じゃなくて、お前自身の幸せを願えよ。そしたら、倍幸せになれるだろ?」


そう言って、2人は笑った。

お互い、まだあどけなさを残す子どもだった。

それでも、その夜の言葉はルイとエミリエの心に長く残った。


そして、エミリエの両親が迎えに来た時、怒鳴られてしょげるエミリエに、ルイはこっそり囁いた。


「やっぱりな。嫌いなわけないよ。嫌いだったら、あんなに必死に探したり、怒ったりしない。お前は愛されてるよ。」


その一言に、エミリエはまた泣いた。


「一緒に居てくれて、ありがとう!ねえ、名前なんていうの?私はエミリエ!」


「ルイ!またな、エミリエ!」


そう言って、2人は別れた。

エミリエが引っ越すという事実から、これで最初で最後の出会いだとお互い思いながら。


数日後、ルイの隣の家に新しい家族が引っ越してきた。

そこで出会ったのが、エレナだった。


開口一番、紹介されるや否や、「ルイくんだ!」とぱあっと顔を輝かせ、臆することなく「私ね、ルイくんのお嫁さんになるのが夢なの!」と宣言したあの日。


最初は正直、面倒くさいと思った。

何かにつけて真似をするし、ついてくるし、構わないと拗ねる。

それでも、エレナの想いは年を重ねるごとに強くなっていった気がした。


エレナは努力を惜しまなかった。

ルイが何かに夢中になれば、自分もその世界を知ろうとした。時にぶつかり、怒ったこともある。


「なんでも俺の真似すんなよ!」


サロンに入ることをルイが目標にしたと知って、エレナが同じくサロンに入ると真似し始めた時。

ルイは思わず叫んでしまった日の、エレナの落ち込んだ背中。けれど彼女は立ち止まらなかった。

それどころか、数ヶ月後には、街で開催された一般人向けのお菓子アイデアコンテストで優勝し、街中が彼女の名前を知ることになる。


その時、ルイは不思議と、羨望と嫉妬が混ざり合ったような感情を抱いた。

でも、エレナは変わらなかった。

どこまでも、まっすぐで。

どこまでも、ルイだけをただ見てくれていた。


どこかで、自分の努力がエレナに追い越されていくのが怖かったのかもしれない。

そう思ってしまった自分を情けなくも思った。でも――それでも、彼女のまっすぐな想いを拒む理由にはならなかった。


時は流れ、学園生活の中で二人の関係も少しずつ変わった。

そして気づけば、エレナが隣にいることが自然で、安心できる存在になっていた。


――だからこそ、彼女の態度が急に冷たくなったとき、ルイは戸惑った。


でも、あの時ぶつかってよかったと思っている。

すれ違っても、傷ついても、それでも逃げずに向き合ったから、今の二人がある。

そして、ルイ自身もエレナが特別だと離れたからこそエレナの大切さが身に染みたと思う。



教会の裏庭で集合写真を撮る直前、エミリエがそっとルイのもとに寄ってきた。


「ねえ、ルイ。今、幸せ?」


エミリエは、もう泣いてなどいなかった。

あの夜の少女が、こんなにも晴れやかな顔で笑っている。


「もちろん。エミリエは?」


「もちろん!大好きな人と一緒になれてこんな幸せなことないよ!」


エミリエはそう言って、すぐに新郎の元へと駆け寄り、彼の手をぎゅっと握って、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

まるで、エミリエはきっとあの小さな少女の時から彼の存在を待っていたかのような、本当に愛おしそうに彼を見つめていた。


その光景を見て、ルイは思う。


(……ちゃんと、幸せになったんだな。)


あの夜の願いは、きっと叶ったのだ。


少し離れた場所にいるエレナが、ルイを見つけて手を振る。ルイも自然と微笑んで手を振り返す。

目を合わせれば、何も言わなくても分かる。


幸せを願ったあの星空の夜。

小さな約束と、誰かを想う気持ち。


それが今、こうして形になっていることが、何よりの証なのだろう。


ルイはそっとエレナの手を取り、小さく囁く。


「……俺、今すごく幸せだよ。それはオマエが……エレナがいるおかげだよ。ありがとう。」


エレナがきょとんとしたあと、頬を染めて笑う。


――あの日、願った未来が、今ここにある。


それはきっと、誰かを想い、誰かを信じ続けたからこそ掴んだ、世界でたったひとつの、かけがえのない幸せだ。


お読みいただきありがとうございます。

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