アフターストーリー2
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最後までお付き合いいただければ幸いです。
初夏の風が心地よく吹き抜ける午後。
エレナは、小さな旅行鞄を手に駅のホームに立っていた。
隣にはルイ。
今日は彼と二人きりの、初めての旅行。
行き先は、緑の美しい湖畔の街。
「……緊張してるのか?」
「え? ううん、そんなこと……あるよ、そりゃ。」
「あはは。顔に書いてある。」
ちょっと意地悪そうに笑うルイに、エレナは唇を尖らせる。
「じゃあルイはどうなの?全然平気って顔してるけど。」
「そりゃまあ、男だからな……って言いたいけど。」
小さく頬をかくと、彼は視線を逸らす。
「実は、めちゃくちゃ緊張してる。」
「……ふふ、正直でよろしい。」
笑い合いながら、やってきた汽車にふたり並んで乗り込む。
向かい合わせの座席。窓の外を流れていく景色。いつもと違う時間の流れ。
旅のはじまりに、胸がそわそわする。
宿は、湖の見える高台にある海外の建物をインスパイアさせた小さなホテルだった。
木の香りと柔らかな照明。
静かに時間が流れる空間に、ふたりとも少し圧倒されたように声をひそめる。
「すごく……落ち着く場所だね。」
「うん、エレナと来るなら、こういう場所がいいなって思ってた。」
チェックインを済ませ、部屋に入る。
ダブルのベッドがひとつに、丸いテーブルと椅子が二脚。
一気に、緊張が押し寄せてくる。
「え、ここ……一部屋?」
「……もちろん、ツインにしようか迷ったけど。でも、この部屋に泊まりたいって決めたの、オマエだろ?」
「うぅ……そうだったけど……」
エレナは耳まで真っ赤にして、ルイを睨む。
でもその視線には怒気はなくて、ただ、恥ずかしさとときめきが混じっているだけ。
(だって、そういう関係になったんだもん……)
「大丈夫だよ。俺からは何もしない。」
「えっ!」
「エレナが、したいって思うまでは何もしないって決めたから。」
「……なにそれ、ずるい。」
「我慢してるんだから、察して。」
ふたりは顔を見合わせ、笑い合った。
翌日、湖畔を歩いたり、小舟に乗ったり、可愛いカフェでランチをしたり。
いつもより少しラフなルイの姿に、エレナの胸はたびたび高鳴った。
カフェの窓際で紅茶を飲みながら、ふと、ルイが得意げに言った。
「今日の夜、ちょっといいところ、予約してる。」
「え、なになに? レストラン?」
「まあ、そんな感じ。」
「……なにか企んでる?」
「さあね。」
ルイは曖昧に笑っただけだった。
けれど、彼のポケットの中には、小さな箱が隠されていた。
中には、シンプルな銀の指輪。
ルイはこの旅で、エレナに、ちゃんと伝えようと決めていた。
プロポーズ。
そう口に出すにはまだ早い気がするけれど、「これからも、ずっと一緒にいたい」と。
けれどその夜、予定していたレストランはまさかの臨時休業。
予約のキャンセルの連絡が留守電に入っていたことに気がつかなかった。
「……マジかよ。」
「え、どうしたの?」
「いや……なんでもない。じゃあ、近くで探すか。」
どうしても、その店で言いたかった。
プロポーズに相応しそうなロマンチックな場所だったから。
だからこそ準備したのに。
手のひらの中の小箱が、重たく感じられた。
翌朝。帰りの汽車まで、あと少し。
ふたりは、湖畔のベンチで最後の時間を過ごしていた。
「なんだか、あっという間だったな。」
「うん、でも、楽しかった。」
「俺も。」
エレナがルイの手を握る。
その手が、少しだけ汗ばんでいるのに気づいて、ふと彼を見ると――
ルイは懐から、何かを取り出そうとしていた。
(あ……)
それを見て、エレナはすぐに察した。
「……ルイ。」
「えっ!」
「もしかして、その箱、私に渡してくれるの?」
ルイは、ぽかんと口を開けて、そして小さくうなだれた。
「……バレてた?」
「なんとなく、昨日からずっと挙動不審だったもん。」
「挙動不審って……!」
「でもね。」
エレナは、ルイの膝の上にそっと頭を乗せる。
「ありがとう。すごく嬉しい!」
「……いいの? こんなシチュエーションで?」
「うん。逆に、こういうのも私たちらしくていいじゃない。」
ルイは照れ笑いしながら、エレナの髪を撫でる。
「じゃあ、改めて言ってもいい?」
「うん。」
ルイは、ポケットから指輪の箱を取り出して、エレナの前に差し出した。
「エレナ。これからも、ずっと一緒にいてくれ。俺と結婚してください。」
「……はい!」
指輪を受け取ったエレナの目には、これまでのすれ違いや迷い、そして何よりルイと一緒にいられる喜びが、全部詰まった涙が浮かんでいた。
不器用で、計画通りにはいかない。
でも、それでもいい。
これが、ふたりの恋の形。
「ねぇルイ。次の旅行では、ちゃんとそのレストラン行こうね。」
「……うん。絶対に予約確認忘れない。」
「あと、サプライズはもっと自然にね?」
「頑張ります……」
「でも、それでもいいよ。ルイが一生懸命準備してくれたの、ちゃんと伝わったから。ありがとう!」
そしてふたりは、笑いながら唇を重ねた。
旅の終わりは、ふたりのこれからのはじまり。
何度だって迷いながら、でもちゃんと寄り添っていく。
また、どこにだって一緒に行こう。
いつだって隣で笑っていよう。
この世界で、君と生きていこう。
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