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「は、恥ずかしい……!」
教室を出てすぐ、私は壁に背中をつけて頭を抱えた。
頬が、熱い。きっと真っ赤になっている。
数分前、騎士団の見習いコースの教室を通りかかったときだった。
ふと、視線を感じて振り向くと、そこにいたのだ。
レオン・デュラン。
前世で私がこのゲームを買うきっかけになった、声も顔もドストライクな推しキャラ。
第一印象は無口そうで、ぶっきらぼうで、でも誠実そうで……って、想像通りすぎて、同じ人間とは思えない感じがして。
(え?ちょっと待って、本物すぎるでしょ?)
ただ、教科書を取りに来ただけのはずだったのに、私は彼の視線に耐えられなくなって、その場で言葉を失った。
「……どうした?」
低く、でも優しい声が私の耳を打つ。
(あ、やばい。声が、好きすぎる。)
「……っ!」
心臓が跳ねた。
返事しようとして、声が出なかった。
パニックで首を横に振ると、レオンはほんの少し眉を上げて――
「大丈夫か?」
それだけ言って、私の様子を伺うように顔をこちらに寄せてきた。
……その瞬間、落ちた。
いや、落ちたっていうか、思考が止まった。
推しが、笑った。私に向かって。
そして、私のフリーズしている姿を見て、思わず笑ってしまうレオン。
(えっ、えっ、ちょっと待って!?え?今の、笑った!?私に!?)
「とりあえず大丈夫そうだな?じゃあ、また。」
それだけ言って、レオンは立ち去った。
残された私は、燃えたぎるような顔のまま、教科書を持つのも忘れて呆然と突っ立っていた。
「……おい、エレナ。」
どれくらいその場に立ち尽くしてただろう。
声をかけてきたのは、ルイだった。
どうやら、サロンで使う書類を取りに来た帰りだったらしい。
「な、何!? びっくりさせないでよっ!」
「いや、なんか……顔、真っ赤だったし。何かあったのかと思って。」
「な、なんでもない!なんにもないから!」
「ふぅん……」
ルイは腕を組んで、じーっと私の顔を見つめてきた。
その視線が、いつもより鋭い気がして、私は慌てて目をそらした。
「誰かに何か言われた?」
「言われてないってば!」
「……そ。だったらいいけど。」
そう言って歩き去っていく後ろ姿を見ながら、私は背中に汗が流れるのを感じた。
(うそ……もしかして見られてた?私のあの赤面、見られてた!?)
最悪だ。何よりも、ルイにだけは知られたくなかった。
私が“他の男”に目を奪われている瞬間なんて。
……いや、ちがう。
あれはただの推し反応であって、恋じゃない。恋じゃないんだけど!
偶然、道端で推してるアイドルに会ったような感じで……!
(……言い訳できる空気じゃなかったな……)
ルイの表情はいつもとそんなに変わらないように見えたけど、ほんの少しだけ、眉が寄っていたような気がした。
レオンにときめいたのは、ただの“推し”だから。
彼を見て顔が赤くなるのは、一瞬の夢みたいなもの。
でもルイへの想いは、そんな一時のときめきじゃない。もっと深くて、もっと苦しくて――。
……まぁ、モブのことなんて、ルイは気にしてないかな。
その翌日のサロン勤務。
私は、なんとなく気分を変えたくて、髪型を変えてみた。
今日はシンプルに、後ろでひとつにまとめただけ。
いつもなら使っていた――あのヘアアクセサリーは、つけていない。
それは、ルイが小さい頃にくれたものだった。
ピンク色のリボンに、さりげなくついた小さな宝石。
「エレナにはこれが似合うと思ったから」って、照れた顔で渡してくれた、私の宝物。
子供向けのアクセサリーだったけれど、今までつけていた。
だけど今は、それがつけられない。
(モブの私が、“メインキャラ”にもらったアクセサリーを、つけていていいはずない。)
相応しくない、そう思った。
「……エレナ、髪型変えたんだな。」
ふいに、後ろから声がした。
振り返ると、ルイがいた。
トレイを持ったまま、立ち止まって私の髪を見つめていた。
「うん、なんか気分を変えたくて。」
「ふーん……」
その声は、どこか探るようで、でも少し寂しげだった。
「あ!もちろん、ルイからもらったアクセサリー大切に保管してる!本当にただの気まぐれだから!」
思わず言い訳のようになってしまった。
笑ってみせたけど、心は少しだけ痛んだ。
ルイは「そっか」とだけ言って、そのまま厨房に戻っていった。
その背中が、ほんの少しだけ、遠く感じた。
背を向けるルイを見つめながら、胸の奥がじんわりと痛む。
届きそうで届かない距離に思えて、少しだけ、泣きたくなった。
(ねぇ、ルイ。私のこと、どう思ってるの?)
ずっと一緒にいたから、何でもわかると思ってた。
でも、前世の記憶が戻ってから、私の中で彼はどこか遠くなってしまった。
その日、仕事終わりにルイが呟いたのが聞こえた。
「……もしかして、好きなやつでもできたのかよ、エレナ。」
彼は私に聞かせるつもりはなかったのかもしれない。
けれど、その小さな言葉が、私の胸を強く叩いた。
(そんなの……できるわけ、ないじゃん。)
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