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日が沈んだあと、学園の中庭は静まり返っていた。
ほんの少し風が吹くたびに、枝葉がそっと揺れる音がする。
その中で、エレナはひとり、決意を固めるように深く息を吸った。
(ちゃんと伝えたい。今日こそ、もう逃げない。)
昼間のすれ違いが胸に残っていた。
声をかけようとして、でもかけられなかった。
ルイがこちらを見たとき、ルイが何かを誤解してしまったと気づいた。
でも、それをすぐに訂正できなかったのは、やっぱりまだ怖かったからだ。
でも、もうそのままにしておくわけにはいかない。
(あの人に、ちゃんと伝えたい。私の今の気持ちを。)
彼の想いに向き合うことが、こんなにも勇気のいることだとは思わなかった。
けれど、今のエレナには、少しずつでもそれができる気がしていた。
フィリップがくれた言葉も、ルイへの想いも、この世界でもらった優しさも全部がエレナの背中を押してくれている。
そして何より――
ルイが、エレナを待っていてくれた。
「……あのとき、逃げなかった私を、信じて。」
小さくつぶやいてから、足を踏み出す。
向かうのは、夜の公園。
二人が幼いころ、よく秘密の話をした場所。
あの頃の記憶が、心の奥に今も残っている。
そこに行けば、きっと彼も来てくれる。
言葉ではなく、ただの願い。それでも、信じてみたかった。
(もし、会えなかったら――)
その想像に、胸がきゅっと縮こまる。
でも、扉の向こうに見えたのは、間違いなく、彼だった。
ルイが、そこにいた。
エレナは一瞬、立ち止まった。
夕闇に照らされて立つ彼の姿は、どこか切なくて、でも懐かしいほど優しかった。
あの頃のルイと、今のルイが重なる。
そして、ルイもこちらを振り返った。
驚いたように目を見開いたあと、その表情が少しだけ、緩んだ。
「……来てくれたんだな。」
その声は、いつになく静かで、でも温かかった。
「……うん。この前のこと、ちゃんと、話したくて。」
近づいた距離が、少しずつ心を溶かしていく。
ルイはベンチに座り、空を見上げた。
「昔さ、ここでよく話したよな。どうでもいいことばっかり、ずっと。」
「うん、ルイが、いきなり空に向かって叫んだりして……ふふっ。」
「やめろ、あれはもう忘れてくれ……」
思わず、二人とも小さく笑った。
「あの時はあっという間に時間が経ってたなぁ……」
その笑いが落ち着いたあと、少しだけ沈黙が訪れる。
けれど、怖くはなかった。
「エレナ。」
ルイがこちらを見つめる。
「昨日、あんなふうに言って……本当は、不安だった。」
「……不安?」
「うん。気持ちを伝えても、受け止めてもらえないかもしれないって思った。でもそれより、何も言えずに君を見てるだけの自分が、もう嫌だった。」
「……」
「だから言ったんだ。好きだって。」
エレナは、しばらく言葉を見つけられなかった。
でも、今度は逃げなかった。
「私も……同じだった。」
震える声で、でも真っ直ぐに。
「本当は、ルイの気持ち、ずっと嬉しかった。でも怖くて、自分のことも信じられなくて……受け止めることができなかったの。」
言葉にした瞬間、胸の奥にあったものがすっとほどけていく。
「だけどね、私……今は違う。私も、ちゃんと、ルイのことが、好き、大好き!」
最後の一言は、確かに届くように大きな声で伝えた。
それを聞いたルイの目が、少し驚きで目を瞬かせた後、潤んだ。
「……ありがとう、エレナ。」
「まだ怖いけど、それでも一緒にいたい。ルイと一緒に、これからを歩きたいの。」
「俺も。これからちゃんと、エレナが俺との関係を心の底から信じられるようにするから。」
ルイがそっと手を伸ばす。
エレナは、一瞬だけためらってから、その手を取った。
ぬくもりが、指先から伝わってくる。
かつて前世という壁があり、モブだと思い込んでいた自分を縛っていた鎖が、今、カシャンと音を立ててほどけ、崩れていく。
前世という時を超えて、ようやく自由になれた、とエレナは感じた。
「やっとだな。」
ルイが呟く。
「うん、長かった、けど……」
「でも、待っててよかった。あの時、諦めなくてよかった。」
言葉が止まったあと、ふたりはただ、手を繋いだまま夜空を見上げる。
星が瞬いていた。
何かが始まるように、静かに光っていた。
「これから、色んなことがあると思う。でも、もう一人で抱え込まないで。ちゃんと話してほしい。」
「……うん。私も、そうする。」
その言葉は、誓いのように夜の中へ溶けていく。
いつか交わされるプロポーズも、未来の約束も、まだ先のこと。
けれど今、ようやく好きが通じ合ったこの瞬間が、二人にとって全てだった。
夜空に瞬く星は、ふたりの未来を照らすみたいに、どこまでも澄んでいた。
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