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最後までお付き合いいただければ幸いです。
早朝、まだ空が白む前。
ルイは、一枚の便箋を何度も見直していた。
伝えきれなかったことが、どうしても言葉として残ってしまっていた。
昨日のあの場では人生初の告白に緊張して、言えなかったこと。
彼女に触れたくて、でも届かなかった想い。
「渡せたら……伝えられるかな。」
けれど、またすれ違ってしまうのが怖かった。
自分の気持ちに蓋をすることは、もうやめた。けれど、それがエレナの負担になるのなら、無理に押しつけるわけにもいかない。
昨日、彼女があの場で出した答えが、すべてだとわかっていた。
それでも――
(今日、もう一度話せたら。エレナが応えてくれるなら。)
彼女の言葉を、今度こそまっすぐ受け止めたい。
そう思い、ルイは便箋を制服の内ポケットに滑り込ませた。プレゼントのブックマークを忍ばせて。
一方、エレナもまた早く目が覚めていた。
鏡の前で制服のリボンを何度も結び直しながら、昨夜の自分を思い出す。
「信じてみたい、私の気持ちを――」
あの言葉を口にしてから、少しだけ肩の荷が軽くなった気がしていた。
過去の痛みが完全に消えたわけではない。
でも、それにばかり縛られず、今の感情を見ようと決めた。
(今日、ルイと話したい。)
ちゃんと、自分の気持ちを伝えたい。
怖くても、逃げたくない。
私は久しぶりにルイからもらったヘアアクセサリーをつけた。
ルイにもらったこのヘアアクセサリー。
私にとって、初めて『誰かの特別になれた』って感じた証。
だから、今日もそれをつけて、ちゃんと向き合いたいって思えた。
午後、課外授業が終わると、エレナは人目を避けてサロン裏の小道に出た。
ルイと落ち着いて話せそうな場所を考えたとき、自然と思い浮かんだのがここだった。
(……来てくれるかな。)
そんな保証はどこにもない。
けれど、これまでだって、偶然のようで必然だった再会がいくつもあった。
今日もきっと、あの人に会える。
そんな根拠のない期待だけが、胸の奥をあたためていた。
手に汗を握りながら、小道のベンチに腰を下ろす。
けれど、時間だけが過ぎていく。
通りを行き交う生徒たちの足音が、少しずつ遠ざかっていく中で、エレナはうつむいた。
(……やっぱり、私じゃだめなのかな。)
そう思いかけた瞬間。
「あれ、エレナ?」
声がした。振り向くと、そこにはレオンとマティアスの姿があった。
珍しい二人組だったが、クラスも同じだし、二人とも武道派なので、馬が合うのだろう。
「こんなところで何してるんだ?」
「え、あ、ちょっと、考え事を……」
ぎこちない笑みを浮かべるエレナに、レオンが首をかしげる。
「何か、悩みでもあるのか?」
「えっ……いや……」
「言い淀むってことは俺達にも話しづらい内容か?無理には聞くつもりはないが……」
マティアスの言葉に、一瞬言葉を詰まらせた。
けれど答える前に、ふと、道の先に立っている人影に気づく。
金髪に、少し細身の後ろ姿。
ルイ、だ。
「あ……っ」
咄嗟に立ち上がったとき、ルイは軽く会釈だけして踵を返した。
まるで、エレナと誰かが話していたから、引き返したかのように。
「待って……ちがうの、これは……!」
声にならない言葉を飲み込んで、エレナは立ち尽くす。
(私、話したかったのに……)
(ちゃんと伝えたかったのに……)
胸の奥が、じんと痛む。
昨日より、今日の方が好きになっていた。
けれどその想いが、またしても届かないまま、すれ違っていく。
ルイは人気のない廊下の端で、壁に寄りかかっていた。
(……まただ。)
見てしまった。男と話す彼女の姿。
(今さら、何を期待してたんだ。それにしても、俺、繊細すぎるだろ。恥ずかしい。)
昨日あれだけ思いを伝えて、でも彼女はまだ答えを出せなかった。
そんなの当たり前だ。
わかっていたはずなのに。
「……くそ。」
内ポケットの中にある便箋に、指が触れた。
(こんなもん、渡せるかよ。)
まるで自分ひとりが空回りしているような気がした。
彼女の言葉を、信じようとしていたのに。
――でも。
ふと、昨日の彼女の頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔がよぎった。
(それでも、エレナは逃げなかった。)
それに、今日、エレナの髪には俺があげたヘアアクセサリーをつけていた。
エレナは、確かに自分の気持ちと向き合おうとしていた。
(だから……)
便箋を胸に戻す。
(俺も、逃げない。迷うくらいなら、もう一度向き合いたい。エレナを信じるって、決めたんだ。)
そう決めたのに、今日すれ違ってしまったことで、また自信が揺らいでしまう。
どうして、こんなにも好きなのに。
どうして、想いが届かないのだろう。
夜。
エレナは窓辺で、空を見上げていた。
今日こそ、ちゃんと気持ちを伝えたかったのに。
声をかけられなかった。さっき、別の男の人達と話していた自分を、彼はどう思ったのだろう。
「違うの、ルイ……」
ぽつりとつぶやいて、胸元に手を当てる。
彼が自分をまっすぐに見てくれたあの日から、確かに自分の中で何かが変わりはじめていた。
このまま、何も言わなかったら後悔する。
(ちゃんと伝えなきゃ。)
震えてもいい。
逃げ出したくなっても、明日こそ。
彼に、今度こそ。
「……好き、だって。」
そっと呟いたその言葉は、静かな夜に吸い込まれていった。
誰もいないはずなのに顔が熱くなるのを感じる。
けれどその小さな声こそが、彼女の中で確かに灯った、新たな想いのはじまりだった。
まだ紡いだ言葉は小さく、震えているけど、それでも前よりは少しだけ強くなれた気がした。
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