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閲覧ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

ルイの告白が、まだ耳に残っていた。


(俺は、お前が好きだ。)


何度も、何度も、心の中で反芻していた。


エレナは、サロンの片隅でクローズの作業を行っていた。

従業員用のマグカップを手にしながら、それを見つめていた。

従業員用のマグカップに淹れていた中の紅茶はとっくに冷めていたけれど、飲む気にはなれなかった。


「……はぁぁぁぁ。これ、本当に現実?」


小さな声が唇からこぼれた。

軽く頬をつねる。痛かった。


怖いのだ。嬉しくて、でも怖い。


(だって……これまで、期待したら裏切られてきた。優しい言葉に縋ろうとして、それでも、最後に残るのは、いつも自分だけだった。)


ルイの告白は真剣で、まっすぐだった。

あのときの目も、声も、本気だと伝わってきた。


でも、それを受け入れることが、どうしてこんなに怖いんだろう。


(また、裏切られたら。)


(また、壊れてしまったら。)


(また、傷つくことになったら。)


信じたい。でも、過去の痛みが邪魔をする。


自分なんかが信じたところで、幸せになれるとは限らない――そんな思考が、染み付いて離れない。


「……エレナ?」


名を呼ばれて、顔を上げる。

すると、眉間に誰かの指が触れた。

そこにいたのはフィリップだった。


「フィリップ……どうして?」


「元開発担当を舐めないでくれよ。イベント発生フラグや場所やキャラクターの性格を全て把握してるんだ。そして、本来であれば明かりのついているはずのない時間、イベントシーズンでもない状態で明かりがついて人の気配が一人。エレナかなって思ったんだよね。君は、一人で考え込むと、眉間にしわ寄る癖あるよね。」


「うそ、寄ってた……?」


「ああ。けっこう深めに。」


エレナは慌てて眉間を押さえた。その仕草に、フィリップは少しだけ微笑む。


「もしかして、ルイのこと?」


「……見てたの?」


「うん。やりとりをちょっとだけ。告白されたんでしょう?」


「……そうなんだ。」


視線を伏せる。話すのは怖かった。

でも、きっと今の自分には必要なことだと感じていた。


「ルイの気持ちは……嬉しかった。ずっと、欲しかった言葉だった。でも、私……やっぱり怖くて。」


「うん。」


フィリップは静かに頷くだけで、何も遮らない。


「好きな人に好きって言われたら、本当はすごく幸せなはずなのに。私、すぐに信じられないの。前の世界でも、きっと似たようなことがあって……誰かの好意を信じて、裏切られて。付き合ってもすぐ捨てられた。」


言葉を紡ぎながら、エレナの胸が痛んだ。


「また同じことになったらって思うと、どうしても……」


「エレナ。」


フィリップの声が、ふわりと間に差し込まれる。


「信じるってさ、相手を信じるだけじゃないんだよ。」


「え……?」


フィリップは指をちゃんとエレナの額に当てる。


「自分自身も、信じるってことなんだと思う。“嫌われてしまうかもしれない自分”じゃなくて、“好いてもらえる価値がある自分”を、まず自分が信じてあげること。」


その言葉は、エレナの胸に真っ直ぐに落ちてきた。


「ルイは、君のそういうところも、全部見てるよ。怖くて、でも前に進もうとする君を、ずっと。」


「……でも、私は。」


「変われるよ。人は、変われる。君は認めないかもしれないけど、君は行動力もあるし、変われる力があるよ。」


その言葉に、エレナの喉がつまった。


(変われる……? 本当に……?)


もしそれができたなら。自分のことを、自分で信じてみたいと思えるなら。


(私、ルイのこと……)


好きだ。


それは、最初からずっと変わらなかった気がする。

前世の記憶が蘇る前からずっと。

幼なじみとしても、大切な人としても、彼が笑ってくれるだけで嬉しくて、誰かと仲良くしてるときは胸がざわついて。


ただ、そういう自分の感情から、ずっと目を逸らしていただけなのかもしれない。


「フィリップ、ありがとう……」


エレナがぽつりと呟くと、彼は軽く肩をすくめた。


「俺は、ただ応援してるだけだよ。君が後悔しない道を選べるように。」


「……うん。」


カップの紅茶にふたたび目を落とす。すっかり冷めきったそれを、そっと口に含む。


苦みとほんのりとした甘み。その両方が、今の心にちょうどよかった。


その夜、寮のベッドの上で、エレナはひとり膝を抱えていた。


窓の外には星が瞬いている。こんなふうに空を見上げるのは久しぶりだった。


「ルイは……変わらないって言ってくれた。」


ちゃんと向き合ってくれるって、言ってくれた。


それなのに、自分だけがまだ過去の幻に縛られている。


(もう、やめよう。)


自分を疑ってばかりの日々に、少しずつ別れを告げようと思った。


(好きだって、言いたい。)


心の奥にぽつんと灯ったその想いが、少しずつ大きくなっていく。


(今度は、ちゃんと伝えたい。)


顔が赤くなった。でも、それを抑えることはしなかった。


次に会ったとき、言えるかどうかはわからない。けれど、自分の気持ちを自分で肯定できたことが、今夜のエレナには何よりも大きな一歩だった。


「信じてみたい、私の気持ちを――」


彼に、そして、自分自身に。


きっと、彼なら、自分の全部を届けられる。

エレナはそんな気がしていた。


お読みいただきありがとうございます。

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