24
閲覧ありがとうございます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
少し冷たい風が吹き始めた昼休み、エレナはひとりサロンの裏手で落ち葉を掃いていた。
教室でも図書室でもなく、ここが落ち着く理由は自分でもわからない。ただ、静かで、人の気配が遠い場所にいたかった。
(……あの時も、私は気づけなかったんだよね。)
ふと脳裏をよぎったのは、まだ学園に入って間もない頃の記憶だった。
ルイが、エミリエと楽しげに話していたとき。自分だけが、そこに入れない気がして勝手に距離を取ってしまった。
でもあれは、あとでエミリエが「ただサロンのことで聞きたかっただけ」と言っていたはずだ。
(じゃあ、今も……本当は、私の思い込みかもしれない?)
エレナは箒を止め、そっと深呼吸した。
「……ルイと本当にちゃんと話してみようかな。」
そのとき、不意に小さな声が頭の中でささやいた。
(でも、もし、また選ばれなかったら?)
(また勘違いだったら?)
心のどこかに巣食っている不安が、勇気を押し戻す。
それでも、いつまでもこのままではいけない。少しずつでも動かなきゃと、エレナは自分を奮い立たせた。
そのころ、ルイは図書室の隅でノートに目を落としていた。
試作レシピと配合比率、サロンのシーズナル向け新メニューの案など……文字で埋め尽くされたページを眺めながらも、頭の中は別のことでいっぱいだった。
(最近のエレナ、やっぱり少し……距離がある。)
話しかけようとしても、どこか壁を感じる。
自分のせいかもしれないと分かっていても、どこから修復すればいいのか、今のルイには見えなかった。
「ルイ、ちょっといい?」
ふいに声をかけてきたのはエミリエだった。
彼女はそっと隣に腰を下ろし、控えめな笑みを浮かべる。
「この前言ってたサロンのハーブティー、試してみたの。すごく飲みやすかった。ありがとう。」
「ああ、それは良かった。」
「……でも、今日のエレナ、少し元気なかったね。」
「……え?」
「気づいてない? たぶんルイのこと、気にしてるよ。」
言い終えたエミリエは、それ以上何も言わずに去っていった。
ただ、その言葉はルイの心に棘のように残った。
(……気にしてる?じゃあ、俺が距離を取ってたように見えたんだろうか。)
後悔がじわりと押し寄せる。
もっと早く気づいていたら、もう少しだけ、素直になれていたら。
放課後、サロンの奥でエレナは片づけをしていた。
ルイと二人きりになる時間を待ちながら、手元の作業に気を紛らせる。
(今日こそは……ちゃんと、話したい。)
昨日のフィリップの言葉が、背中を押してくれていた。
『誰を選びたいか、それが君の答えなんだと思うよ。』
ルイが休憩から戻ってきたのを見計らって、エレナは思い切って立ち上がった。
「ルイ、少しだけ話せる?」
「……ごめん、今ちょっと、先生に呼ばれてて。あとでいい?」
その言葉に、喉元まで出かかっていた「話があるの」は、音もなく引っ込んでいった。
「……うん、わかった。いってらっしゃい。」
「すぐ戻るから。」
そう言ってルイは部屋を出ていった。
本当に用事があるのだろう。それはわかっている。わかっているのに――
(“あとで”って、いつ?)
口にしようとしていた言葉は、もうどこにも行き場がなくなっていた。
エレナは前世、雨の中、6時間も当時付き合っていた彼氏を待ち、帰ってこなかったことを思い出していた。
(ルイは違う、違うもん!)
夜、寮の部屋で、エレナはぼんやりと窓の外を見ていた。
空には雲が広がっていて、月の姿は見えない。
(私が勝手にすれ違いをつくってたんだ。きっと。)
(でも、ルイもまた、私を避けてるように見える時がある。)
どちらか一方だけが悪いわけじゃない。
けれど、どちらも何も言わないままでは、何も変わらない。
そう分かっているのに、心は臆病なままだ。
「伝えたいのに、伝えられない。」
その呟きは、ひとりぼっちの空気に吸い込まれていった。
一方、その頃、ルイもまた、準備室でノートを閉じてため息をついていた。
(“話せる?”って言われたとき、本当は……)
本当は、先生に呼ばれたのは、後回しにしても良かった。
けれど、怖かったのだ。
あのときのエレナの目を、まっすぐ受け止めるのが。
(……どうして、俺はいつも逃げるんだ。)
もう少しだけ、勇気があれば。
けれどその「少し」が、今のふたりにはとても遠く、果てしないもののように感じていた。
それでも、ふたりの心の奥には、同じ想いがある。
本当は、ちゃんと向き合いたい。
それだけは確かだった。
けれど今日もまた、言葉は宙ぶらりんのまま。
胸の内にしまった本当の気持ちだけが、そっと蓄積されていく。
それが、次のすれ違いの種になるとも知らずに。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価、感想などいただけますと励みになります。
よろしくお願いいたします。




