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閲覧ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

少し冷たい風が吹き始めた昼休み、エレナはひとりサロンの裏手で落ち葉を掃いていた。

教室でも図書室でもなく、ここが落ち着く理由は自分でもわからない。ただ、静かで、人の気配が遠い場所にいたかった。


(……あの時も、私は気づけなかったんだよね。)


ふと脳裏をよぎったのは、まだ学園に入って間もない頃の記憶だった。

ルイが、エミリエと楽しげに話していたとき。自分だけが、そこに入れない気がして勝手に距離を取ってしまった。

でもあれは、あとでエミリエが「ただサロンのことで聞きたかっただけ」と言っていたはずだ。


(じゃあ、今も……本当は、私の思い込みかもしれない?)


エレナは箒を止め、そっと深呼吸した。


「……ルイと本当にちゃんと話してみようかな。」


そのとき、不意に小さな声が頭の中でささやいた。


(でも、もし、また選ばれなかったら?)


(また勘違いだったら?)


心のどこかに巣食っている不安が、勇気を押し戻す。

それでも、いつまでもこのままではいけない。少しずつでも動かなきゃと、エレナは自分を奮い立たせた。


そのころ、ルイは図書室の隅でノートに目を落としていた。

試作レシピと配合比率、サロンのシーズナル向け新メニューの案など……文字で埋め尽くされたページを眺めながらも、頭の中は別のことでいっぱいだった。


(最近のエレナ、やっぱり少し……距離がある。)


話しかけようとしても、どこか壁を感じる。

自分のせいかもしれないと分かっていても、どこから修復すればいいのか、今のルイには見えなかった。


「ルイ、ちょっといい?」


ふいに声をかけてきたのはエミリエだった。

彼女はそっと隣に腰を下ろし、控えめな笑みを浮かべる。


「この前言ってたサロンのハーブティー、試してみたの。すごく飲みやすかった。ありがとう。」


「ああ、それは良かった。」


「……でも、今日のエレナ、少し元気なかったね。」


「……え?」


「気づいてない? たぶんルイのこと、気にしてるよ。」


言い終えたエミリエは、それ以上何も言わずに去っていった。

ただ、その言葉はルイの心に棘のように残った。


(……気にしてる?じゃあ、俺が距離を取ってたように見えたんだろうか。)


後悔がじわりと押し寄せる。

もっと早く気づいていたら、もう少しだけ、素直になれていたら。


放課後、サロンの奥でエレナは片づけをしていた。

ルイと二人きりになる時間を待ちながら、手元の作業に気を紛らせる。


(今日こそは……ちゃんと、話したい。)


昨日のフィリップの言葉が、背中を押してくれていた。


『誰を選びたいか、それが君の答えなんだと思うよ。』


ルイが休憩から戻ってきたのを見計らって、エレナは思い切って立ち上がった。


「ルイ、少しだけ話せる?」


「……ごめん、今ちょっと、先生に呼ばれてて。あとでいい?」


その言葉に、喉元まで出かかっていた「話があるの」は、音もなく引っ込んでいった。


「……うん、わかった。いってらっしゃい。」


「すぐ戻るから。」


そう言ってルイは部屋を出ていった。

本当に用事があるのだろう。それはわかっている。わかっているのに――


(“あとで”って、いつ?)


口にしようとしていた言葉は、もうどこにも行き場がなくなっていた。


エレナは前世、雨の中、6時間も当時付き合っていた彼氏を待ち、帰ってこなかったことを思い出していた。


(ルイは違う、違うもん!)


夜、寮の部屋で、エレナはぼんやりと窓の外を見ていた。

空には雲が広がっていて、月の姿は見えない。


(私が勝手にすれ違いをつくってたんだ。きっと。)


(でも、ルイもまた、私を避けてるように見える時がある。)


どちらか一方だけが悪いわけじゃない。

けれど、どちらも何も言わないままでは、何も変わらない。

そう分かっているのに、心は臆病なままだ。


「伝えたいのに、伝えられない。」


その呟きは、ひとりぼっちの空気に吸い込まれていった。


一方、その頃、ルイもまた、準備室でノートを閉じてため息をついていた。


(“話せる?”って言われたとき、本当は……)


本当は、先生に呼ばれたのは、後回しにしても良かった。

けれど、怖かったのだ。

あのときのエレナの目を、まっすぐ受け止めるのが。


(……どうして、俺はいつも逃げるんだ。)


もう少しだけ、勇気があれば。


けれどその「少し」が、今のふたりにはとても遠く、果てしないもののように感じていた。


それでも、ふたりの心の奥には、同じ想いがある。


本当は、ちゃんと向き合いたい。


それだけは確かだった。


けれど今日もまた、言葉は宙ぶらりんのまま。

胸の内にしまった本当の気持ちだけが、そっと蓄積されていく。


それが、次のすれ違いの種になるとも知らずに。


お読みいただきありがとうございます。

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