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最後までお付き合いいただければ幸いです。
最近、サロンでのルイとエミリエの距離が近い。
そんな話を、エレナは生徒たちの雑談で耳にした。
「サロンの試作品、ルイくんが付き合ってあげてるんだって。」
「エミリエさんって、丁寧だし愛嬌もあるし、相性良さそう。」
(……まただ。)
聞いてない。そんな話、ルイからは。
確かに、最近のルイはどこか余裕がなくて、それでいてよくエミリエと一緒にいる。
横で並んで試作を味見して、楽しそうにしていた。その光景が脳裏から離れなかった。
(やっぱり……エミリエと、何かあるの?)
その日の帰り道、エレナは意を決してルイに声をかけた。
「ねえ、最近……エミリエと仲良いよね?」
ルイは一瞬言葉に詰まり、けれどすぐに肩をすくめた。
「ああ……相談されてるだけだよ。」
「相談って……?」
「……悪い、秘密って言われてるから他の人には言えないんだ。ごめんな。」
それは、エミリエの秘密。エレナは他の人。
ルイは本当の想いを伏せたまま、言葉を濁す。
「……そっか。」
エレナはそれ以上、何も言わなかった。
これ以上の追求はできるわけがなかった。
でも、胸の奥に広がったもやもやは、どうしても拭えなかった。
(ルイはエミリエに気遣って、そう対応しているだけ。何も間違ってないし、真摯な振る舞いだと頭では分かってる。本当に信じたいのに……どうして、私にだけは何も話してくれないんだろうって思っちゃうんだろう。私には、やっぱり、もう“誰かの一番”にはなれないのかな……)
その週末。
エレナは迷った末に、メッセージを送った。
『今度、少しだけまた話せないかな?相談に乗って欲しくて。』
宛先は、フィリップ。
彼は即座に返事をくれた。
『もちろん。例のカフェでどう? 君が落ち着ける場所でゆっくり話そう。』
日曜の午後。
例の隠れ家カフェ。
春の風がそっとカーテンを揺らしていた。
「こんにちは、エレナ。」
「……こんにちは、フィリップ。」
「そんな表情するなんて珍しい。何か、悩んでる?」
「……うん。今日は、話を聞いてほしくて。」
フィリップは、涙目で上目遣いでお願いするエレナにルイが見たらどんな顔するかな、無自覚とは怖いなと内心思った。
注文を終えたあと、しばらく無言が続いた。
それでも、フィリップは急かさず、ただ温かい紅茶を差し出してくれた。
エレナは、ゆっくり口を開いた。
「……ルイと、エミリエって、やっぱりお似合いだよね。」
「……ふむ?」
「最近、二人が仲良くしてるのを見るたびに、私……なんか、苦しくなっちゃって。」
フィリップは何も言わず、ただ頷く。
「もしかして……この世界の強制力みたいなものってあるのかなって思ったの。エミリエはヒロインで、ルイはメインの攻略対象だから、結局はくっつくって、そう決まってるんじゃないかって。」
「……それが不安なんだね。」
「うん。やっぱり、私なんか、最初からこの物語にいない存在で……結ばれる運命には含まれてない気がして。」
フィリップは、少しだけ悲しそうな目をした。
「……君がそう考える理由は、きっとそれだけじゃないでしょ?君はこの学園に入って変わったと周りから聞いたよ。」
エレナは、胸の奥に隠していた記憶に触れるように、少しずつ語り出す。
「……前の世界でもね。好きな人がいたの。歳を重ねて、それぞれの時代、出会った人と。でも、信じたくても信じきれなかった。裏切られるのが怖くて、勝手に遠ざけて……気づいた時には、もう手遅れだったの。いつだってうまくいかなくて一人相撲してた。」
「……」
「私、自分に自信がないの。ルイの優しさだって、私じゃなくても向ける気がして。」
「でも、ルイは――」
フィリップは言いかけて、言葉を飲み込む。
エレナの顔が迷子のように今にも泣きそうな顔をしていたから。
そして静かに、紅茶のカップを置いた。
「……エレナ。君は、誰かに選ばれるかどうか、他者基準で、自分の価値を測ってない?」
エレナは目を見開いた。
「君は、誰かに認められるためだけにここにいるんじゃない。君は君のままで、充分素敵だ。記憶が戻る前のエレナも今のエレナも全部。そのままでいいんだよ。」
「……フィリップ。」
「もし運命があるとしても、それに抗っていい。エミリエがどうだとか、誰が主人公だとか、そんなの関係ない。君は、君の選んだ道を進めばいいんだよ。」
フィリップの声は穏やかで、まっすぐだった。
エレナは、初めてこの世界で、誰かに等身大の自分を正面から肯定されたような気がした。
「……ありがとう。ちょっとだけ、また救われた気がする。」
「それなら良かった。僕は、いつでも君の味方だからね。」
そう言ってフィリップが微笑む。
無意識に二人の距離が近くなっていたのに二人が気がつくことはなかった。
数日後。
「ねえ、聞いた? 最近、フィリップさんとエレナさん、よく一緒にカフェで見かけるんだって!」
「えっ、ふたりってそういう関係なの……?」
そんな噂が、学園の片隅で小さく囁かれていた。
その話は、当然ルイの耳にも入ることになる。
「……また、かよ。」
ルイは誰にも聞かれないように、カバンの中で拳を握りしめた。
(フィリップと……エレナが?)
笑っていた顔。
誰かといるときの安心した表情。
それが、自分以外の誰かに向けられていたら。
そう考えるだけでも、こんなにも苦しいなんて。
(……信じたいのに、なんで、また疑ってしまうんだよ。)
疑いと不安のすれ違い。
ふたりの想いは、まだまっすぐに重なり合うことができずにいた。
それぞれが心の奥で、信じたいけれど信じられない想いと静かに戦っていた。
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