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閲覧ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

夕暮れの廊下。教室から漏れる笑い声が、いつもより遠く感じる。


ルイは立ち止まり、手にした書類を見下ろした。

課外研究の報告提出に向かう途中、ふと、サロンの方角が視界の端に入る。


――エレナがいるかもしれない。


そう思った瞬間、足が勝手にそちらへ向いていた。


けれど。


「……フィリップ? 」


「やぁ、ちょうど近くまで来たから。少しだけ話せないかなと思ってさ。」


(また……フィリップと。)


ルイはサロンの扉の外で立ち止まり、そのまま動けなくなった。


ガラス越しに見えるエレナは、笑っていた。

それは、ごく自然で、信頼と優しさを含んだ、あたたかい笑顔。


(あんな顔……最近、俺には見せてくれなくなったのに。)


嫌な予感がする。

けれど、それを嫉妬だと自覚することが、なぜかいちばん怖かった。


その夜、ルイは珍しく寝つけなかった。

部屋の窓から月を見上げながら、心の中でぐるぐると同じ思考を繰り返す。


(フィリップと何を話してたんだろう。)


(せっかく少しずつ距離を縮めていたのに、エレナは……俺じゃなくても、ああやって笑えるんだろうか。)


(違う。たまたまだ。そうに決まってる)


否定しようとするたび、喉の奥がきゅっと締めつけられる。


思い出すのは、エレナが倒れた日のこと。


保健室で、名前を呼ばれたあの瞬間。手を握られた、夢のようなぬくもり。


(……俺は、結局今でも何も変えられてないんだ。)


翌日、研究報告の打ち合わせ。

エレナと向かい合った瞬間、ルイは胸の奥で何かが軋む音を聞いた。


「おはよう、ルイ。今日の資料、昨日のうちに目を通してくれた?」


「……ああ。」


エレナは微笑んだ。ほんのわずかに、ぎこちなさが残る。


(あの時の笑顔とは、やっぱり違う。)


「ねえ、ルイ。最近、ちょっと元気ない?」


「……別に。気のせいだろ。」


「そう? ……なんか、無理してる気がして。」


「……無理なんか、してない。」


思わず声が尖ってしまった。


エレナが目を見開き、少しだけ距離を取った。


(まただ。俺……)


「ごめん、ちょっと外の空気、吸ってくる。」


そう言って教室を出た後、ルイは壁にもたれて深く息を吐いた。


(こんなふうにしか、できないのかよ。)


(好きなのに、近づきたいのに、気づけばまた……)


数日後。

エレナは、サロンの隅で一人、何かを書き込んでいた。


その姿を遠くから見つめながら、ルイは歩み寄ることができなかった。


代わりに、ふと目に入ったのは、ルイの近くにいたエミリエだった。


誰かへの差し入れと思われるお菓子を手に、小さな、でも丁寧に梱包された包みをそっと抱えている。


「エミリエ?」


「わっ……ルイ?」


エミリエは驚いたように振り返り、少し赤面した。


「あ……これは、その、試作品。先生に、食べてもらおうと思って」


「……へえ。エミリエって、意外とマメなんだな。この前にも先生用に作ってなかったっけ?」


「そ、そんなことないよ。ただの趣味だし!」


ルイが揶揄うように言うと、エミリエが動揺した。その様子にルイは少しだけ頬を緩めた。


「……先生、甘いの好きなんだっけ?」


「うん、たぶん。あの人、紅茶に砂糖三つ入れるから……子供っぽいんだぁ。」


そう言って、へにゃりと笑うエミリエの瞳は愛しい人を思い出すかのような瞳だった。


(先生……そうか、エミリエは……)


ルイは自然と、エミリエの秘密に触れてしまった。

そして、ルイが秘密を悟ったと知ったエミリエは、口に人差し指をあてて、秘密、とポーズをした。


それから数日。


エミリエとルイは時々、ほんの少しの会話を交わすようになった。


「この組み合わせ、どう思う?」


「悪くないと思うけど、ミント少なめの方が好きそうじゃないか?」


「ああ……確かに!」


誰かの役に立つことで、不思議と心が軽くなった気がした。そう思っていた。


「……ルイ、最近、エミリエさんと仲良いよね。」


ふとエレナがそう言った時、ルイは言葉に詰まった。

先生のことは内緒にしてほしいとエミリエから言ってきていたんだ。


「……アイツ、試作に行き詰まっててさ。相談されたんだ。」


「そっか……そういうこと、だったんだ。」


エレナの表情は読み取れなかったけれど、どこか寂しげな背中だけが焼きついた。


(俺、また……誤解させちまったか。)


その日は、どちらからも“また明日”とは言わず、別々が互いから気配を消すようにその場を後にした。


すれ違い。

それは、言葉が足りなかったせいか。

それとも、言葉が多すぎたせいか。

誰にも、わからなかった。


ただひとつ確かなのは、ふたりとも、相手のことを“好きだ”という気持ちだけは、変わっていないということだった。


お読みいただきありがとうございます。

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