2
閲覧ありがとうございます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
入学から数日。
王立リュミエール学園の生活は、想像以上に眩しかった。
授業は質が高く、教授陣も王国の各界で名を馳せるエリートばかり。
キャンパスは古城を思わせる優雅さで、制服姿の生徒たちはどこか光に包まれて見えた。
そして何より、名家や貴族の子息令嬢が集まるだけあって、みんな……顔面偏差値が高すぎる。
(……この中で、地味なモブな私が目立たないように生きるには、空気を読むしかない。)
教室の端っこ。私の指定席は、窓際の一番後ろ。
居心地のいい“影”のポジションだった。
「エレナ、こっちで一緒に食べない?」
「ごめん、ちょっと用事あるから先に行ってて。」
周りの子たちは親切だった。
最初から打ち解けようとしてくれていた。
でも私は、どこかで距離をとってしまっていた。
乙女ゲームのイベント発生フラグをモブキャラの自分が意志を持ってイレギュラーな行動をしたら、何かが変わってしまうかもしれない。
自分がバッドエンドの火種になってしまうことが、一番怖かった。
だから私は、控えめに、目立たず、何のフラグも立てずに生きようと決めた。
この世界でのモブキャラとして、慎ましく生きる。それが私の唯一の生存戦略だった。
そんなある日。
「……紹介するね。今日からこのサロンで、研修を受けることになったエミリエちゃん。」
「はじめまして、皆さんのお役に少しでも立てるよう精一杯頑張ります!よろしくお願いします!」
パチパチとみんなが歓迎の意を表す中、私はその名前を聞いた瞬間、指先が冷たくなるのを感じた。
振り向いた先にいたのは、栗毛色の髪に、ふわりと微笑む少女。
(……ヒロインだ。)
あの画面越しに、何度も見たことのある立ち絵。
甘くて優しそうな声。穏やかで、でもどこか芯のある雰囲気。
彼女こそが、“運命のヒロイン”――エミリエ・ブランシュ。
「はじめまして。エミリエと申します。よろしくお願いしますね、エレナさん。」
にこ、と笑って手を差し出してくれたエミリエは、想像以上に、可愛くて、素敵だった。
「よ、よろしくお願いします……」
言葉を返すので精一杯だった。
だって今、私の目の前に――
(ゲームのメインヒロインが、推しのルイと出会っちゃった……!)
まだ、ヒロインがサロンで働く選択肢を選ばなければ、ルイルート選択の確率は少しでも下がると淡い期待を抱いていたのに。
これは、始まりだ。
あの、星空の下のスチルも。
約束のキスも。
全部ここから始まるんだ。
ルイとヒロインのルートが。
「ルイくん、これ。ティーカップ、あたためておいたよ。」
「お、ありがと。気が利くな、エミリエ。」
それから数日。
サロンの空気は、確かに変わった。
ルイとヒロイン。ふたりで同じシフトに入ることも増えて、自然と距離が近くなる。
私が運ぶよりも先に、エミリエがテーブルセッティングを済ませていることもあった。
完璧な女の子。
ルイは、笑っていた。いつものように。
だけど、どこか私には見せたことのない笑顔のような気がしていて。
(……それ、私が知らないルイの顔だよ。)
不安が、心の奥でじわじわと膨らんでいく。
ねえ、ルイ。
君はいつか、彼女に恋をするの?
“運命”ってやつに、勝てる自信なんて、私にはないよ。
「おい、エレナ。」
ある日のシフト終わり。
ルイが、少しムッとした顔で近づいてきた。
「最近、俺のこと避けてね?」
「え……そ、そんなこと……」
「目、合わせねぇし。前みたいにくだらない話もしてこねぇし。」
図星すぎて、言葉が出ない。
私が避けてるのは、自覚してる。
でも、それは――
(だって……これ以上、近づいたら、もっと辛くなるから。)
「……ごめん。ちょっと、いろいろ考えごとしてて……」
「ふーん……そっか。」
それだけ言って、ルイはそれ以上追及しなかった。
でも、その背中がどこか寂しそうに見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
(……ルイを避けてるのは事実だ。これが正しいって、分かっているはずなのに。どうして、胸が締め付けられるように苦しくなるの?)
その夜、私はベッドにうつ伏せになりながら、考えていた。
(なんでこんなに、苦しいんだろう。)
別に、彼女が悪いわけじゃない。
ヒロインは素敵だし、努力家だし、優しい。
ルイとお似合いだと、思ってしまう自分が嫌だった。
(私がモブじゃなかったら、もっと素直に笑えたのかな。)
前世の記憶が戻ってから、今までの自分と変わってしまった気がする。
ゲームの中でも、前世でも、私はいつも脇役だった。だから今回も…きっと同じだって、怖くなる。
でも、それが正しいのかもしれない。
だって、私はモブだから。
何かを望んではいけない。
それは、分不相応ってやつなんだ、きっと。
この物語で、私とルイが結ばれるルートはないのだから。
――なら、最初から諦めればいいのに。
そう思っても、胸がきゅっと痛くなる。
だって、私にとっては、たった一人の初恋の相手だったから。
好きにならなければよかったのかな。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価、感想などいただけますと励みになります。
よろしくお願いいたします。




