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閲覧ありがとうございます。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

数日後。

ある日のサロンの営業後。

エレナはフィリップに誘われて、学園外の静かなカフェへと足を運んでいた。


「こんな場所があるなんて、知らなかった……」


「だろう? 隠れ家的な場所が好きなんだ、僕。誰にも邪魔されず、落ち着いて話せるから。」


窓際のテーブルには季節限定の紅茶と小さなタルト。

あたたかな灯りが揺れる中、エレナはフィリップの向かいに座った。


「前に言ってたよね、今度ゆっくり話そうって。」


「ええ……ずっと気になっていたわ。」


フィリップはカップを一口すすり、視線をエレナに戻す。


「エレナ。君にだけ、話したいことがある。」


「……なに?」


「僕……この世界のこと、前から知っていたんだ。そう、フィリップとして生まれる前からね。」


エレナは、茶を注ぐ手をぴたりと止めた。


「……それって、どういう……」


「前世の記憶があるんだ。たぶん、君と同じように。君も前世の記憶がある。そうだろう?」


エレナの胸が大きく脈打った。


(どうして……どうしてフィリップが、それを?)


「君も、何かに気づいてるんじゃないかと思ってた。振る舞い方とか、言葉の選び方とか……あとは、学園の文化祭では芋けんぴを出したじゃないか、そういうこの世界観では出てこなさそうな知識を出してきたりとか。それに、ゲームで君みたいに目立つ存在がいたら、描写されるはずだと思ったしね。」


「……私も、あなたと初めて会った時、不思議な感じがした。あれは、あなたが前世の記憶を持っていたからなのね。」


「僕の推測が誤ってなくてよかった。それなら、話は早い。僕は前世ーー向こう側で、この世界を作る側の一人だった。」


エレナは、信じられないものを見るように彼を見つめた。


「開発スタッフだったんだ、あのゲームの世界の。僕は……初めてちゃんと携わったゲームがこのゲームで。誰よりもこのゲームに思い入れがあって、だからこそ、今ここにいるんだと思う。」


「そうだったの……でもどうしてそれを私に打ち明けてくれたの……?同じ前世の記憶持ちでも知らないふりできたのに。」


「理由は、僕にもわからない。でも、君がこの世界で苦しんでるように見えて、助けたくなったんだ。僕なら君の前世と現在で板挟みになっている環境を分かってあげれるんじゃないかなってね。」


フィリップの瞳はまっすぐで、嘘の影はなかった。


「僕は、君の味方だよ。誰よりも、この世界を知っている分、君の孤独がよくわかる。」


エレナの視界が滲んだ。

心の奥にずっとあった“誰にもわかってもらえない”という感情が、今、少しだけ溶けた気がした。


「……ありがとう。私、ずっと一人だと思ってた。」


「一人じゃないよ。君はちゃんと、理解されて、この世界に必要とされてる。少なくとも、僕にとっては、ね?」


フィリップがニコッと笑い、エレナもその言葉を受けて、小さく笑った。


その頃、ルイは学園からの帰り道、偶然そのカフェの前を通りかかった。


ふと目に留まったガラス越しの光景に、足が止まる。


(……エレナ?)


窓際の席。フィリップと笑い合うエレナの姿。

エレナは感動しているのか涙ぐみながらフィリップを見つめていた。

まるで、特別な存在かのように。

その笑顔は、つい最近まで自分のものだった気がしていた。


(どうして……そんな顔、あいつにはできるんだよ。)


一瞬だけ、嫉妬よりも悔しさが勝った。


(あんなふうに笑うなら……俺の前でも、見せてほしかった。俺は、ただ……お前の笑顔が見たかっただけなのに。)


自分はまだ、言葉にできていない。

想いを口にするどころか、目を合わせることもままならないのに。


(それなのに、俺は……肝心なときに何も言えない。情けないくらい、臆病で。)


フィリップとエレナを見ると、まるで別世界にいる人達のように感じてしまう。


(まるで、もう全部伝わって、想いあってるみたいな……そんな顔、して。)


ガラス越しの世界に、ルイの手が届くことはなかった。


「……遅かった、のか……?」


ぽつりと落ちた声は、雨粒のように胸を打った。


その後、フィリップはエレナを家のそばまで送り届け、深く頭を下げた。


「今日はありがとう。君と話せてよかった。」


「私も話してくれてよかった。すごく、救われた……本当にありがとう。」


「なら良かった。じゃあ、またね。」


「うん、またね、フィリップ。」


エレナの靴音が遠ざかり、踵を返したフィリップは空を見上げた。


(君が選ぶのが、たとえ僕じゃなかったとしても……)


(それでも、守ってあげたいと思ったんだ。前世の記憶持つものとしてだけでなく、もっと特別な意味を持っている、君はそんな存在な気がしたから。君を守るために、この世界で生きていく覚悟を、僕はもう決めたんだ。)


(君の心が、僕に向かなくてもいい。それでも……君が笑っていられるなら、僕はそれでいいんだ。)


ゲームの世界だと知っても、変わらず一生懸命生きるエレナにフィリップは憧れを持っていた。

前世の記憶を早くに思い出したフィリップは、どこか自分の人生をまるで他人事のように生きていた。

エレナと出会って、これが今は現実なんだと思い知らされたのだ。


フィリップは、心の中で自分の思いを吐露しながら、ひとり夜の街へと歩き出した。


そして翌日。


ルイとエレナは再び、同じ教室で顔を合わせた。


でも、いつもより少しだけ空気が重かった。


エレナはいつもと変わらない、いや心なしか明るくなった気がする。


エレナは、あの日のフィリップとの言葉で、ルイに対する想いに正直になろうと、小さな勇気が少しだけ育った気がしていたのだが、ルイはそれを知る術がない。


ルイの胸の中には、まだ昇華できないもやもやが渦巻いていた。


ほんの少しのすれ違い。

でもそれは、積もれば大きな距離になるかもしれない。


それでも、きっとまた、言葉にできる時が来る。


今はまだ、その途中なのだ。


お読みいただきありがとうございます。

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