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サロンの窓際、柔らかな春の日差しが差し込む午後。
エレナは紅茶の香りを静かに吸い込んだ。
(この間の……保健室でのこと、あれは……)
夢だったと思えば、そう言えなくもない。
でも、あの手のぬくもりと、かすかに震えた声は、確かに現実だった。
(ルイは、あの時、私のそばにいてくれた。)
なのに、目を覚ましてからの彼はいつも通りで、何もなかったように振る舞っていて。
(私も……それに甘えてる。)
言葉にすれば、何かが変わってしまいそうで怖かった。
自分がこの気持ちに名前をつけてしまえば、もう、今度こそ戻れない気がして。
そんな時、エレナの視界の端にルイの姿が映った。
一方のルイは、エレナに会うたびに、自分の中の何かが揺らぐのを感じていた。
(あの日、手を握ったこと、覚えてるかな。)
覚えていてほしい。
でも、何も言われないまま時が過ぎるほどに、臆病になる自分がいた。
(結局、俺は……ずっと変われてない。)
行動では伝えているつもりでも、本当のところは、どこかで逃げていた。
期待させるだけで、本音を言えずにいた。
放課後、図書室での課題準備。
その日の作業も終わり、残っていたのはエレナとルイの二人だけだった。
「……これ、先にまとめておいたから、確認してもらえるかな。」
「ありがとう。助かる。」
手渡された紙に目を通しながら、ルイはちらりとエレナを見た。
(距離を縮めるのが、こんなに難しいなんて。)
「ルイ、あの……ちょっといい?」
「……うん。なに?」
エレナはためらいがちに言葉を選んでいる様子だった。
「この前、保健室で……」
ルイの心臓が一瞬跳ねる。
ルイは何かエレナが核心をつく言葉を言うのではないかと僅かに期待した。しかし、次の言葉は――
「ありがとう。そばにいてくれて。」
「……」
思わずルイは、言葉を返せなかった。
真っ直ぐな瞳で自分を見つめるエレナに変な期待をした自分がなんだか恥ずかしく感じてしまった。
「私、まだちゃんとはわからないけど……あの時、嬉しかったの。ルイに頼ること、許されてる気がして。」
「エレナ……」
「でも、それを言ったら、ルイに甘えてしまいそうで……」
(俺の態度でエレナは前みたいに振る舞わなくなったのか?)
ルイは、心の奥をつかまれた気がした。
「俺こそ、ごめん。いつも……踏み出せなくて。離れてみて改めてエレナの存在が思った以上に大きくて……エレナが誰かに笑ってるの見て、嫉妬して、それで……」
「……嫉妬、してたの?」
「してた。今もしてる。オマエ、みんなに好かれてるもん。」
言ってから、自分の声の熱に驚いた。
エレナも驚いたように目を見開いていたが、すぐに、ふっと笑った。
「……なんだ!それ、私もだよ」
(そっか……ルイも、同じ気持ちでいてくれたんだ。私だけじゃないんだって思えたら、なんだか胸が温かくなる。)
ふたりは見つめ合った。
どちらも、あと少しで、想いが言葉になるところだった。
でも、その時。
まもなく図書室の閉室を伝えるチャイムが図書室に響いた。
(……また、タイミングを逃した。)
ルイは立ち上がり、荷物をまとめながらエレナを見た。
「……また、明日もここで作業、いいか?」
「うん……また明日。」
ルイは小さく頷き、エレナの頬にかかる髪をそっと直す仕草をしてから背を向けた。
エレナはルイに軽く触れられた頬に触れて、その仕草を胸に刻むように、ルイの背中を見つめた。
あと何回、“また”を重ねれば、伝えられるんだろう。
でも今はそれでいい。少しずつ、本当の気持ちに近づいていけば。
そんな予感だけが、風に溶けていった。
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