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「最近、ちょっと雰囲気変わったよね、あのふたり。」
クラスメイトの女子にそう言われて、エミリエは何も言わずに笑って見せた。
教室の隅で交わされる噂話は、ルイとエレナについてのもの。
(うん……変わったよね。でも、まだ、始まってはいないんだと思う。)
エミリエはそう、思っていた。
「エレナ、今日はもう無理しないで。レポート、こっちでまとめとくから。」
「ありがとう、エミリエ……本当に助かる。」
保健室から復帰したばかりのエレナは、まだ本調子とは言えなかった。
でも、無理してでも来たがるところが彼女らしい。
それを誰よりも心配していたのは、他でもないルイだった。
教室に戻ってくるなり、彼は不器用なほど自然な素振りでエレナに寄り添い、荷物をさりげなく持ってやったり、水をそっと差し出したり。
離れていてもそわそわとエレナを気にするように視線をエレナに向けていた。
(なんてわかりやすいんだろう……)
傍から見ればすでに両想いのように見えるかもしれない。
でも、なぜか、当人たちはどこかでブレーキをかけている。
ルイは、言葉にできない想いを行動で示そうとしている。
エレナは、想いを受け取りながらも、それに応えきれずにいる。エレナもルイのことが好きなはずなのに。
(……期待して、傷つくのが怖いのは、エレナの方なんだよね。)
(お互いに好きなのに踏み出せない。そんな二人を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられる。でも、同時に……そんな関係が少しだけ羨ましいとも思う。)
昼休み、エミリエはサロンに立ち寄った。
授業の合間に差し入れとして作った焼き菓子を、あの人に届けるためだった。
「お、これエミリエが作ったのか? すごい良くできてるなぁ。」
受付で手渡そうとしたところ、偶然ルイがやって来てそう言った。
「うん……試作品だけどね。先生にも第三者の意見として私の腕を見てもらいたくて……先生が焼き菓子好きって、前に話してたから」
「……へえ。エミリエって、そういうとこ、すごいよな。一人ずつに向き合って、ちゃんと行動できる。」
「そんなことないよ。ルイの方が、ずっと……」
エミリエはそこで言葉を止めた。
彼の視線の先に、ちょうどエレナが現れたからだ。
エレナはエミリエとルイが何か話していることに気がついて顔を一瞬曇らせたが、平静を繕って声をかけた。
「ルイ、今いいかな? 昨日の提出物、確認してもらいたくて……」
「ああ、今行く。」
ルイの声が、明らかにやわらいでいた。
(……やっぱり、お互い好きなんだ。)
それは恋人未満の、でも友達以上の距離感。
ひとつ間違えば壊れてしまいそうな、かすかな糸で繋がっているふたり。
エミリエはそっと視線を下げる。
(私の気持ちなんて、きっと誰にも気づかれなくていい。)
エミリエは手元にあるお菓子の温もりを感じる。
(先生……ちゃんと受け取ってくれるといいな。)
そう思って目を閉じる。
彼女の中にも、伝えたい想いはあった。
でも、それが恋かどうかなんて、まだ自分でもわからない。
ただ、誰かを大切に思う気持ちは、嘘じゃない。
だから、そっと祈る。
誰かの想いが、届きますように、と。
そして、自分の想いも、いつか迷わず届けられますように。
窓の外、春の風が静かに揺れていた。
この恋はまだ誰にも秘密なのだ。
そして翌日。
サロンに先生がふらりと現れ、エミリエに笑って言った。
「昨日はありがとう。あれ、すごい美味かったぞ。エミリエは将来優秀なパティシエールになるかもなぁ。」
エミリエは、驚いたように目を見開いて、それからゆっくりと頷いた。
「はい……お口に合いましたか?」
「うん、美味かった!将来有望だな!」
快活な笑いとともに告げられたその言葉に、胸の奥がほわっとあたたかくなった。
(やっぱり、好きかもしれない。)
けれど、それはまだ、誰にも言わない。
もちろん、先生にも。
(まだそれが“恋”ってはっきり言える自信はないから。自分の気持ちに、名前をつける勇気は、もう少し先でいい。)
彼女は笑って、サロンのカウンターに戻っていった。
恋は、いろんな形で、そっと蕾を咲かせている。
今も、誰にも言えない小さな恋の蕾が、そっと芽を出した。
(あの二人の恋の蕾も、きっと同じように。いつか、ちゃんと花開くといいな……)
エミリエはそんなことを思いながら、サロンの作業を始めたのだった。
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