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「……なんか、ぼーっとする。」
ある日の朝の教室。
エレナは机に突っ伏していた。
寝不足のせいだと思っていたけれど、体がやけに重い。
熱がこもっているような、でも寒気もあるような――
「エレナ? 顔、赤いよ……」
エミリエが心配そうに声をかけてくれたその時、世界がふっと揺れた。
「……え?」
視界がにじんだ次の瞬間、エレナの体がふらりと揺らいで――
「エレナ!」
ルイが駆け寄るより早く、エレナの膝は崩れていた。
「保健室……っ、どいて! 俺が運ぶ!」
周囲のざわめきをかき分け、ルイはエレナを抱きかかえて走った。
軽い。ルイが思っていたよりも、ずっと。
(自分のことじゃないのに、胸が締め付けられる。呼吸が浅くて、手が震える。どうしてもっと早く気づけなかったんだ……昨日から、様子おかしかったのに……)
額に触れると、明らかに熱い。
呼吸は浅く、意識は朦朧としていて、何かを言おうとしているように唇がわずかに動いていた。
「大丈夫、もうすぐ保健室だ。エレナ、頑張れ……!」
ベッドに寝かされたエレナの額には冷たいタオル。
看護教員の処置も終わり、しばらく静かに休ませることになった。
「家には連絡を。あなたは教室に戻っていいわよ。」
そう言われても、ルイの足は動かなかった。
「……もう少し、ここにいちゃダメですか?」
教師は少し驚いたように目を細めたが、黙って頷いた。
カーテンの内側、静寂の中に響くのは、エレナの浅い寝息だけ。
ルイは椅子に座ったまま、彼女の顔をじっと見つめていた。
「……なんで、無理しちゃうんだよ。」
ぽつりと呟いて、ルイはそっと身を乗り出す。指先で、乱れた髪を耳にかけた。
(オマエが辛そうだと、俺まで苦しくなるんだ。)
(オマエの弱いところも、全部俺だけに見せてほしいのに……どうして言えないんだろう。)
思いがあふれて、額を寄せたそのとき――
「……ルイ?」
かすれた声。寝言のような、それでいて誰かを呼ぶ確かな響き。
ルイは驚いて顔を上げた。
(エレナ……俺の名前、呼んだ?)
目は閉じたまま。それでも、腕がそっと伸びてきて――
「行かないで……お願い……」
夢の中で掴むように、ルイの制服の袖をきゅっと掴んだ。
「エレナ……」
言葉が詰まる。
掴まれたまま、動けなくて。
でも、離したくなくて。
ルイはそっと、エレナの手を包み込む。
(オマエが安心してくれるなら、俺はオマエが望む限り、そばにいる。)
「行かないよ。お前がちゃんと元気になるまで、ここにいる。」
その声に、エレナは安心したように、微かに笑った気がした。
しばらくして、熱が少し下がったエレナが目を覚ますと、隣でルイが机に突っ伏して眠っていた。
(……ルイ? なんでここに?)
動かした手が、誰かの手と繋がれていたことに気づいて、顔が一気に熱くなる。
(うそ……手、握ってた?)
触れていた掌のぬくもりが、心まで伝わってくる。
(恥ずかしいのに……でも、なんだか嬉しい。)
「……夢、じゃなかったんだ。」
そう呟いたエレナは、そっと手を引こうとしたが、ルイがその手を握り返す。
「……起きてた?」
「……起きたばっか。オマエ、無理しすぎ。」
「……ごめん。でも、ルイがいてくれて……安心した。」
「……そっか、なら良かった。」
そう言ったルイの声は、いつもより少し震えていた。
不思議と沈黙が苦ではなかった。
互いの体温を感じながら、二人は言葉にならない想いを確かめ合うように、静かに寄り添っていた。
その日、保健室のカーテンの向こうで交わされた言葉は少なかった。
でも、ぬくもりを分かち合うように触れた手は、確かに二人の間にあったわずかな隔たりを、そっと埋めていった。
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