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翌朝、エレナは昨日の自分の言葉を思い返して、胸の奥がざわざわしていた。
(せっかく距離とったのに、またおかしなこと言っちゃったかな……)
ルイの表情を思い出すと、痛むような後悔がこみ上げてくる。
あの表情を見たら、黙って距離を置いたままでいるよりは、ずっとマシなはず。
そう思っていた、はずなのに。
「エレナちゃん、今日のサロン当番、ルイくん一緒だよね?もう一人が急遽休みみたいで、私、別の打ち合わせ終わったらヘルプで入るからよろしくね!」
同じくサロンで働き、クラスも同じ生徒の一人が、朝のHR終わりにそう言ってきた瞬間、エレナは手帳をめくる手を止めた。
(今日……最初、二人きり?)
課外研究と、サロン当番。
どちらも偶然の名の下に、距離を近づけてくる。
逃げたいような、けれど逃げたくないような、複雑な感情だけが胸に残った。
夕方、サロンの中は比較的落ち着いた雰囲気だった。
雨が降りそうな空模様のせいか、来客はまばらで、カウンター越しに二人の距離だけが静かに縮まっていた。
「……今日のコーヒーどうかな?いつもより濃いめかも」
「ううん、そんなことない。香りが立ってる。」
ぽつり、ぽつりと交わす言葉はあれど、ふとした沈黙が重たくのしかかる。
「昨日の……話、だけどさ。」
ルイが静かに口を開いた。
「俺も、ちゃんと謝りたかった……ごめん、ずっと、エレナに言いたいこと言えないままで。なんか気に障ることしてたなら……」
エレナの手が、カップの縁でぴたりと止まる。
「……ルイ。」
「俺、エレナのこと、気にしすぎて、変に避けたり、イライラしてた。マティアスとか、フィリップとかと話してると……勝手にモヤモヤして。俺も意固地になって。」
それが嫉妬だったと、言うにはまだ少し早すぎる気がした。
「エレナが、誰かに笑いかけてるのを見て……それが俺じゃなくなったのが情けなくて、悔しくて。なのに、自分はちゃんと笑い返せなくて。」
「……それは、私も同じ。」
「え?」
「私も、ずっとルイの言葉を期待してた。でも、言ってほしいなんて自分勝手なこと期待しないようにしようって、勝手に自分ルールを作って。そしたら、もうルイの顔、まともに見られなくなって……」
目を逸らして、心も逸らして、気づかないふりをしていた。
「でも、ほんとは……」
そこまで言いかけて、エレナは躊躇うようにふっと言葉を飲み込んだ。
ルイもまた、何かを伝えようとした唇を閉じ、静かに首を振った。
「……今無理に言葉にしても、たぶん……ちゃんとうまく伝えられない」
「うん、私も……」
伝えたい気持ちはある。
でも、ここがその時じゃないと、二人とも無意識に察していた。
サロンのドアが開く音に、二人は同時に顔を上げた。客が来たことで、会話はそのまま途切れた。
けれど、二人の間にあった重たい空気は、少しだけ、和らいだ気がした。
サロンの営業が終わり、制服から着替えて外に出た頃には、空からぽつぽつと雨が降り始めていた。
「……あ。」
エレナが思わず声を上げた瞬間、ルイが肩にさっと自分のジャケットをかけた。
「濡れると冷えるから。」
「でも、ルイは……」
「俺、走って帰るから平気!」
そう言って笑うその顔が、どこか懐かしくて、愛おしくて。
エレナはそっとジャケットの襟に指を添えた。
「……ありがとう。」
「また、明日な!」
ルイが背を向けて駆け出すと、雨の中にその背中がじわりと滲んでいった。
エレナは、しばらくその姿を見送ったあと、ぽつりと呟いた。
「また、明日……ちゃんと話せますように。」
ずっと願ってた想い。
けれど、今の気持ちは、もう昨日とは少し違っていた。
ちゃんと、ルイに、伝えたい。
自分の気持ちに、名前をつけて。
モブとか関係なく、自分に自信を持って、今のエレナとしてルイに伝えるんだ。
もう自分を縛るルールはいらない。
ルイと向き合うのは、私の選んだことだから。
そんなふうに堂々としたい。
そう願うように、エレナはそっと胸元を押さえた。
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