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「ええと……次の課外研究発表、班分けの希望がなければ、教員側で調整します。」
そう言って教師が名簿を見渡すと、エレナは小さく息を呑んだ。
希望なんて、出せるはずがなかった。
(ルイと、同じ班になる可能性もある……でも、それって今の関係で大丈夫?)
一方、ルイは静かに手元の教科書に視線を落としながら、内心のざわめきを必死で押し殺していた。
(班、誰と一緒になるんだろう……エレナとだったら……)
そんな期待をした自分を、また責めそうになる。
「では、ルイとエレナは第2班で。課題テーマは『薬草の栽培と生活への応用』。他のメンバーは……」
一瞬、教室の空気が揺れた気がした。
エレナもルイも、顔を上げるタイミングを失い、ただ俯いたままだった。
(……一緒だ。)
(どうしよう、ルイと……)
偶然か、それとも誰かの配慮か。
どちらにしても、この機会は避けられない。
「じゃあ、放課後、図書室で集まろうか。」
ルイが声をかけると、エレナはわずかに戸惑った表情を浮かべてから、こくりと頷いた。
「うん、わかった。」
それだけの言葉なのに、どこかぎこちなくて、お互いの視線がすぐに逸れる。
図書室では、他の班員が既に席に着いていた。だが、ルイとエレナは資料を開いたまま、なかなか会話を交わせなかった。
「この薬草、この前の文化祭で使われたものだ……」
エレナがポツリと呟いた。
「……ああ、サロンでの限定ティーの素材だな。エレナ、確か担当してたっけ。」
「うん……ルイも、試飲してくれたよね。あの時……褒めてくれたのちょっと嬉しかった。」
「……本当に美味しかったから。淹れ方もどんどん上達してたし。」
静かに交わされる言葉。
たしかに、会話にはなっているけれど、心までは届いていないように感じられた。
(言いたいことは、もっと別にあるのに……)
(謝りたい。もっと話したい……でも、どう言えばいいんだよ。)
ページをめくる手が止まり、気まずい沈黙が落ちる。
そのとき――
「こんにちは、お邪魔するよ。」
軽やかな声が図書室の静けさを破った。
フィリップだった。
「ここの図書室、資料が豊富だから来てみたんだけど……ああ、偶然だね。君たちは授業か何か?」
ルイがぴくりと反応したのがわかった。
エレナは少しだけ困ったような笑みを浮かべながら答える。
「ええ、今日から課外研究の準備を始めるところで……」
「ふーん。薬草には詳しいんだよ。僕にできることがあったら、遠慮なく言って。」
「ありがとう。でも、私たちでなんとか頑張ってみるね。」
エレナのその言葉は、フィリップに向けたものだったはずなのに、なぜだかルイの胸を強く刺した。
(さっきまでの気まずい雰囲気と、今の笑顔の落差は、何なんだよ。)
怒っているわけじゃない。ただ、どうしようもなく悔しかった。
(どうしてフィリップの前だと、あんなに笑えるんだよ。俺じゃダメなのか……)
フィリップが去った後も、作業はどこかぎこちないまま続いた。
他の生徒が帰った後、ルイはようやく口を開いた。
「……エレナ。」
「……なに?」
「さっきの……フィリップと、最近よく話してる?」
「え……?うん。何回か……でも、ただ少し相談に乗ってもらったりしただけで。」
「……そう。」
それ以上、何も言えなかった。
エレナは、ルイの様子を見てから、意を決したように言った。
「ルイ。私、ずっと……あなたに謝りたかった。ちゃんと話そうとしてたのに、うまく言えなくて、ごめん。」
ルイは目を見開いた。けれど、返す言葉が見つからない。
「私、自分でも気づかないうちに、あなたの言葉に期待して、勝手に傷ついて……距離を取っちゃってた。本当は、そんなつもりじゃなかったのに。なんか、うまくいかなくて。」
(それは、俺も同じなんだ。)
でも、また言葉が喉につかえて、出てこない。
「今さらだよね……ごめん、今日はもう帰るね。今日はありがとう。お疲れ様!」
そう言って、エレナは立ち上がった。
ルイは思わず手を伸ばしそうになって、止めた。
今、止めても良い言葉が思い浮かばなかったから。
(……どうして、いつも、あと一歩が届かないんだよ。)
エレナの後ろ姿が図書室を出ていったあと、ルイは机に残されたメモをぼんやりと見つめた。
そこには、エレナの癖のある丸文字でこう書かれていた。
『明日からはちゃんと話せるよう頑張るね。』
ルイはそのメモを優しく撫で、エレナ、と呟いた。
本当に、明日、話せるのか、なんて、そんなことを思う自分が情けなくて、でも、期待している自分もいて。
エレナのメッセージは、ほんの少しの希望のようで、でも、今のルイには、少し眩しすぎた。
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