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「なんで、こんなに噛み合わないんだろうな……」
ある日の授業が終わった昼休み。
ルイは中庭のベンチに座り、手元のノートをぼんやりと見つめていた。
空はとても晴れて綺麗なのに、心はまるで霧がかかったみたいに晴れない。
頭ではわかっている。
エレナが誰かと話すことくらい、当たり前だって。
それなのに、あのときのサロンで見たエレナの姿が、どうしても脳裏に焼きついて離れない。
(あいつ……あんな顔、俺にはもう見せてくれないのに。)
マティアスでも、フィリップでもなくていい。
ただ、エレナが、もう一度、ちゃんと自分を見てくれればそれでいいのに。
けれど、そう願うほど、彼女の表情は曇っていくように見えて、足がすくんでしまう。
近づけば近づくほど、遠くなっていく。
(エレナ……何を考えてるんだよ。)
「ルイ?」
振り返ると、そこには当の本人、エレナが立っていた。
制服のリボンを少し直しながら、不安げにこちらを見ている。
「ごめん、声かけるの迷ったんだけど……大丈夫?疲れてる?」
「……いや、大丈夫。ちょっと考えごとしてただけ。」
ルイは笑ってみせたが、自分でもわかるほど表情がぎこちない。
エレナも、それに気づいているのかもしれない。でも、触れようとはしなかった。
「そっか……今日の午後の実習、一緒の班だよね?」
「ああ……よろしくな。」
「うん、よろしく。」
ほんの短いやりとり。
たったそれだけで、エレナは少し寂しそうに微笑んだ。
(なんで、そんな顔するんだよ。)
ルイは立ち上がり、隣に並ぶ彼女と並んで歩き出した。
距離は近いはずなのに、なぜだか以前よりずっと遠く感じてしまう。
マティアスのように距離を詰めようとすると、さっと距離を詰めた分空けるエレナ。
マティアスの時はそんなことしなかったのに。
午後の実習は、温室での薬草の採取と調合だった。
ルイとエレナは同じ班になり、協力して作業に取り組んでいた。
「それ、もうちょっと乾燥させたほうが良いかも……って、あ、ごめん、口出ししすぎたかも……」
「いや、別に……助かる。」
エレナはルイの手元をそっと覗き込んで言ったが、彼女の声はどこか弱々しくて、以前のような自信に満ちた口調ではなかった。
沈黙が続く。少し前の自分達では考えられなかったような雰囲気だ。
(やっぱり、俺のせいか……ちゃんと伝えられなかったから……)
ルイは口を開きかけて、すぐに閉じた。
言葉にすれば、きっと何かが変わる。でも、その変化が「壊れること」だったらと思うと、怖くて仕方がなかった。
いつだって、きっかけはあったはずなのに、その機会を見送っていた。
(俺が勝手にエレナを期待して、何も行動しなかったから、エレナは愛想を尽かした……)
「ルイ、どうかした?」
「……なんでもない。」
エレナが不安そうに覗き込んできた瞬間、ルイは反射的に目を逸らした。
(……情けないな。勇気なんて、いつも口先だけだ。)
(どうして、こんなにも素直になれないんだろう。)
その日の放課後。
エレナはサロンの片隅で、レジの整理をしていた。
すると、来客を知らせる扉のベルが鳴った。
「また来ちゃった。」
穏やかな声とともに、笑顔のフィリップが姿を現した。
「こんにちは、フィリップ。今日は……?」
「君の顔が見たくて……って、言ったら迷惑?」
「……いいえ、そんなことはないですけれど……」
エレナは少し戸惑いながらも、窓際の席へと彼を案内した。
(なんでだろう。フィリップの前だと、だんだんと緊張しなくなっている気がする。)
彼の存在は、どこか心の奥に触れてくる。
それでいて、優しく、踏み込みすぎない。
だけど、そんな安心感の向こうに、ルイの影がちらついてしまう。
(私が本当に見てほしい人は、別の場所にいるのに。)
フィリップは紅茶を受け取ると、少しだけ真剣な表情をした。
「……エレナ、無理して笑わなくてもいいんだよ。」
「え……?」
「君は、多分……誰かにちゃんと向き合いたいって思ってる。でも、その一歩が踏み出せないでいる。」
フィリップの視線は、まっすぐで、優しいのに、どこか鋭い。
まるで、私の心の奥底を見透かしている気がして、思わず息を呑んだ。
「何が君を躊躇っているのかは聞かない。でも……僕は、君が後悔しない選択をしてほしいと思ってる。そして、選択した先で君が心から笑っている未来を迎えることを願っているよ。」
その頃、サロンの裏手。
ルイは棚の整頓をしていた、というより、作業に集中するふりをしていた。
(アイツと誰かが話しているの見るのも嫌でバックヤードに来てしまった。)
先程のフィリップとのやりとりのシーンを掻き消すかのように、些細でぎこちない自分とのやりとりを思い出す。
(エレナ……俺、もう……このまま何も言えない自分でいるのは、もう嫌なんだ……)
胸の奥に言葉が溢れていた。
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