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最後までお付き合いいただければ幸いです。
(まただ。また俺、うまくやれなかった。)
ルイはサロンの裏で、ティーカップを静かに磨き、深いため息を吐いた。
自分でもよくわからない感情が渦巻いて、落ち着くために手を動かしているだけだった。
あの時、エレナがマティアスと話していた。
笑っていたわけじゃない。けれど、どこか気を許してるように見えて……胸に引っかかって仕方がなかった。
(マティアスに、あんな気さくに話しかけられて、何も感じないわけないだろ……なのに、なんでそんな顔、するんだよ。)
別に責めたいわけじゃない。
けれど、エレナが「そういうんじゃない」って言った瞬間、予想以上に胸が軽くなった自分がいて、また自分自身に嫌気がさす。
本心じゃないかもしれないのに。
前は分かりやすすぎるくらいエレナの感情は読めたのに。
(期待するなんて、馬鹿だな。)
エレナが好きだって気持ちは、ずっと前から気づいてた。
だけど、それを口にすれば壊れてしまいそうで。
エレナは昔より少し、自分を遠ざけている気がして。
不安と独占欲がせめぎ合っていた。
そんな時、店の入り口のベルが高く鳴った。
「いらっしゃいませ!」
ホールにいたエレナが振り返ると、そこには見覚えのある柔らかい笑顔があった。
「やぁ。また来ちゃった。」
「……フィリップ? ようこそ、サロン・エリゼアンへ。」
彼はカウンター席ではなく、窓際の二人掛けテーブルに案内され、自然とエレナが担当についた。
「エレナ、今日はお仕事中だよね?」
「はい、一応、立場上、真面目に働いてますので。」
「その立場上っていうのが気になるなぁ。おしゃべりくらい、いいでしょ?」
「他のお客様の目もありますから。」
店員と客の立場だからと接客姿勢を崩さないよう敬語を使うことを意識しながら、エレナは微笑を浮かべ、メニューを手渡した。
フィリップの方を見ると、ほんの少しだけ、目の奥が揺れていた気がした。
「今日は紅茶が飲みたい気分なんだ。君が選んでくれるなら、なんでもいいよ。オススメのをお願い。」
「では……季節限定のブレンドをお持ちしますね。」
「ありがとう。」
奥へ下がるエレナの背中を見送るフィリップの視線は、冗談交じりの軽さの中に、どこか真剣さを含んでいた。
フィリップは作業しているエレナを興味深そうに見つめる。
少しして、エレナが紅茶とスコーンのセットを運んでくる。
「どうぞ、お待たせしました。」
「ありがとう……ねぇ、エレナ。」
フィリップはティーカップを手に取り、ふと声を落とした。
「君って、いつもみんなに対して警戒してるね。」
「えっ?」
「そんなに身構えなくてもいいのに……少なくとも僕はただ、君と話したくて来てるんだから。」
「……それは。」
否定できなかった。
この人は、なんとなく、他の人とは違う距離感で、真っ直ぐに私と向き合ってくる。
(この人の前だと、なぜか、ほんの少しだけ……怖い気持ちや不安が和らぐ気がする。)
自分の気持ちに戸惑いながらも、それでも、そんな時に浮かんでしまうのは、やっぱりルイだった。
(ルイ、今までの態度で怒ってたかな……あの時、ちゃんと伝えればよかった? でも、あれ以上話したら、私、期待しちゃいそうで……)
「あの、ちょっと相談なんですけれど。」
「うん?」
「……自分の気持ちに、ちゃんと向き合うにはどうすればいいと思います?」
フィリップは少し驚いたように目を細めると、すぐにいつもの笑顔で返す。
「君は、きっと怖いんだね。誰かを信じて、傷つくことが。」
「……」
「そして、君がなんとかしたいと思っている、頭の中に浮かんでいる相手は――」
「ま、待って。ごめんなさい、やっぱり大丈夫です!」
エレナは、つい声を荒げた。
フィリップは肩をすくめると、代わりにこう言った。
「わかった。じゃあ、一つだけ教えて。」
「……なんですか。」
「君が、本当に信じたい人って、誰?」
エレナは答えなかった。
けれど、心に浮かぶ顔は――子どもの頃から隣にいた、あの人。
信じたいのに、信じられない。
自分の感情も言動も一貫性がなくて、ちぐはぐのまま。
その気持ちに、まだ名前をつける勇気がないまま。
黙っているエレナにフィリップは告げる。
「……伝えなきゃ何も変わらないよ?」
フィリップは相変わらず全てを見透かしているかのような瞳のまま、困ったように笑った。
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