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最後までお付き合いいただければ幸いです。
将来はルイのお嫁さんになる。
それは私――エレナ・ルフェーブルが、物心ついたときから決めていたことだった。
小さい頃、ケンカしても泣いても、最後には仲直りして手を繋いだ。
学校から帰ればお隣同士の家を行ったり来たり、おやつも遊びも、なにからなにまで“ふたりセット”。
ルイが笑えば私も嬉しくて、ルイが泣けば私も悲しかった。
中学の頃から、周りのみんなにからかわれても、笑われても関係なかった。
恥ずかしがったルイが、「うるさい」とか「しつこい」とか言ったりしたこともあったけれど、私の気持ちは変わらなかった。
だって、私はルイが大好きなんだから!
大人になったら、自然に結婚するんだと、どこか本気で思っていた。
「……できた!うん、完璧!」
新しい春の訪れを感じる朝。
私は一人、鏡の前でくるくる回る。
王立リュミエール学園の制服。
淡いアイボリーのジャケットに、金糸の刺繍が煌めくスカート。
ふわりと広がる裾とリボンタイが上品で、どこからどう見ても、夢にまで見た憧れの制服だった。
「よしっ。あとはルイを待つだけ……って、言っても、もうルイの家の前なんだけどね!」
実は私、今日の入学式、ルイと一緒に行く予定だった。
でも、せっかくだから、誰よりも早く、ルイの制服姿を見たい!と思って、ルイの家に押しかけてきたというわけで。
制服姿のルイに思いを馳せ、入学式の後、またどこか寄り道しないか誘おうかな、なんて考えながら、軽い足取りで、ルイの家の呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴を鳴らしてから、数秒後、玄関の扉が開いた。
「……早いな。おはよう。」
その瞬間、頭が真っ白になり、心臓がひゅっと凍りつくように息が止まった。
後光が差している気がして、眩しかった。
ルイ・シャテル。16歳。
私の幼なじみで、ずっと一緒に育った男の子。
でも目の前の彼は、いつものルイじゃなかった。
金色の髪に、深い青のネクタイ。
整った顔立ちに、シャツの襟元からのぞく銀のブローチ。
どこか見覚えのある、その姿。
(……これ、知ってる。)
頭の中を、バラバラの記憶が駆け巡る。
学園の教室、サロンの店内、きらめく星空、誰かに手を引かれる感覚。
そして、モニター越しに何度も見た、彼の“スチル”。
ルイとヒロインは、幼い頃、星空を眺めて、誓い合った約束を思い出し、微笑み、そして、誓いのキスをした。
それだけでも、私の心は嵐が巻き起こるかのように混乱しているのに、さらに蘇ったのは、かつての私の記憶。
私の女友達と付き合うために、私に言い寄ってきて、私が本気にして失恋したこととか、歳を重ねるたびに、色んな出来事を重ねて、傷ついて、誰かを好きになることが怖くなったこと。
当たり前のように笑い合っていた世界が、一瞬で音を立てて崩れていくのを感じた。
まるで、崖から落ちるかのように、足元がぐらりと揺れて、膝から崩れ落ちた。
「ルイ……だよね……?」
「お、おい!?エレナ!?」
世界がグニャリと歪む中、ルイの手が私の肩を支える。
彼の声が、遠くから聞こえてきた。
「おい、しっかりしろ!どうしたんだよ、何が――」
ああ、そうだ。思い出した。
この世界は“乙女ゲームの世界”。
前世の私がハマっていた、『運命の花嫁と約束のキス』というゲームの世界。
そしてルイは、そのゲームのメイン攻略対象。
つまり、“運命のヒロイン”と結ばれる相手だった。
じゃあ私は?
エレナなんて、聞いたこともない名前。
ヒロインの名前は……確か、エミリエ。
乙女ゲームには出てこなかったエレナは、キャラクター描写のない、所謂、“モブキャラ”。
画面の片隅にも映らない、空気のような存在だった。
「……ルイが……かっこよすぎて、びっくりしただけ。」
心のざわめきを必死に感じないふりをして、なんとか笑って言うと、ルイは一瞬きょとんとした後ーー。
「……バカ。」
ぽす、とおでこを軽く弾かれた。
「んなことで倒れるなよ。心配すんだろ、全く。」
優しい力で、私を立ち上がらせてくれる。
その手の温かさが、また胸に痛い。
(この手は、私のものじゃない。……ヒロインの、ものになるんだ。)
そんな予感が、静かに私の心に沈んでいった。
何で、こんな大切なこと忘れていたんだろう。
入学式は、きらびやかで、まるで舞踏会のようだった。
会場には、各界の名家や王族、騎士団の跡取りまで。
まるで別世界のような煌びやかさに圧倒されつつ、私はこっそりルイの隣に立った。
今までルイの隣は私であることは当然だったはずなのに、すごく不釣り合いに感じる。
でも、心はどこか上の空だった。
(ヒロイン……もうすぐ現れるかも。)
そう思うと、胸がずっとざわざわする。
ルイは、いつも通り話しかけてくれる。笑ってくれる。
でも私は、ぎこちなくしか返せない。
今まで通りに接していたら、いつか取り返しがつかなくなる気がして。
「……なぁ、エレナ。」
ぽん、と肩を叩かれて振り向くと、
ルイは少し困ったように眉を寄せていた。
「今日、なんか変だぞ。……やっぱり具合悪いんじゃないか?」
「そ、そんなことないってば!」
「……そうか?」
いつもなら、軽口で笑い飛ばしてくれるのに。
今日は少し、真剣な目をしていた。
本当に心配してくれているルイの思いに、胸がぎゅっと締め付けられる。
(ごめんね、ルイ。私は、あなたが大好きなのに……)
(――ヒロインじゃないから、踏み込んじゃダメって気がついちゃったの。)
制服姿のルイを見た瞬間に思い出してしまった現実と、変わらない恋心。
私の物語は、そんなふうにして幕を開けた。
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